第422話 生徒会長は呪術師(5)
真夏を追いかけ始めた影人は、榊原家を出た坂の途中ほどで真夏の姿を確認する事に成功した。ここからは真夏にバレないようにするため、一定の距離を保ちつつ追跡しなければならない。
「はあ、はあ・・・・・・・・っても、会長メチャクチャ速いな・・・・・・ああ、そうだ。あの人、朝宮並みに運動神経良かったんだった・・・・・・・・・」
一定の距離とは言いつつも、真夏の走るスピードはモヤシの自分よりも速いため、影人のほぼ全速力の速度でトントンだった。この暑さに加えてほとんど全力疾走で走っている影人は、端的に言って死にそうだった。
それからしばらく影人が死にそうになりながら、真夏を追跡していると、いつの間にか小さな寺のような場所が見えて来た。この際、小さな寺というものにはあまり問題がない。問題があるのは、その小さな寺のような場所の前にいた、ある異形だった。
「シュグルグル・・・・グゲル!」
奇妙な鳴き声を上げたそれは、まさに異形というのに相応しい怪物だった。
獣のように猛々しい右腕。それに付属する刃物のような爪。左腕は何匹もの白蛇が直接腕から生え、蠢いている。上半身の体のパーツはワニのような鱗に覆われており、下半身は馬。そして頭部は牛であった。
異形のケンタウロス。つぎはぎの合成獣。そのような言葉で形容されるであろう怪物の名を、しかし影人は知っていた。
「っ・・・・・・・闇奴」
影人はその姿を確認すると、近くの電柱に張り付きその身を潜めた。
レイゼロールによって、人の心の闇が暴走させられた怪物。闇奴を人に戻す事が出来るのは、ソレイユから力を授けられた光導姫だけだ。
(て事は、やっぱり・・・・・・)
真っ直ぐに闇奴の元へと走ってきた真夏。ならば、やはり真夏はソレイユからの合図を受けたという事になる。
(はあ・・・・・・・・・・嫌な勘だけ当たるのは気分が滅入るな)
自身の予想が的中していた事を確信した影人は、胸中でそう呟き、軽くため息を吐いた。
「ふっふっふっ・・・・・・出たわね、闇奴! 複合型って事は強さはまあまあのようね。でも、残念。私はそれはそれは強いわよ!」
まさか陰から影人が見ているなどという事はつゆ知らず、闇奴の前で仁王立ちで高らかに笑う真夏。こんな時でも会長はブレないなと、電柱の陰から見ていた影人は呆れ半分、逆に感心半分な気持ちを抱いた。
「さあさあさあ! ご覧なさい、私の華麗なる転身を! 我は呪法を――」
「シブュグ!」
真夏が自身の髪に装着している紙の髪飾りに触れ、何かを呟こうとした時、闇奴がその凶悪な右手を振るった。真夏は「キャッ!?」と女子らしい悲鳴を漏らしながらも、素晴らしい反射神経でその攻撃を回避した。
「っ!? ったく、危ねえな・・・・・・」
その光景を見ていた影人は一瞬驚きながらも、安堵の息を漏らした。無事なのは何よりだが、今のはかなり危なかった。
「全く、礼儀のなっていない闇奴ね! 口上くらいお聞きなさいな!」
(いや、なら言わなきゃいいじゃねえか・・・・・)
プンスカと怒る真夏に内心そう突っ込む影人。真夏の気持ちも分からなくはないが(影人は自分では認めていないが厨二病なので)、今は明らかにその時ではない。
だが、真夏は口上を述べねば満足しない性格なのか、闇奴から距離をとりながら口上を述べた。
「我は呪法を扱う系脈に生を受けし者。我はその呪法を扱いし者。しかして、我の呪法は光を根とする呪法なり」
紙の髪飾りを外し手に持ちながら、真夏は厳かな口調で言葉を唱える。
「我が心は適怨清和。呪い祓うべきは其が心の闇。いざや転身ッ!」
真夏がそう呟くと、紙の髪飾りが強い光を放った。闇奴も、そして影人も眩しさからその目を細める。それから3秒ほどすると光は収まった。光の中心地、そこにいた真夏の姿は先ほどの制服姿とは明確に変わっていた。
「転身完了。さあ、見なさい! 私の畏怖べき姿を!」
白色の単に黒色の狩衣。だが、通常の狩衣とは違い下半身は指貫ではなかった。下の服装は、なぜか黒のスカートであった。ついでに言えば、立烏帽子も頭には飾られてはいなかった。一言で言うならば、現代風にアレンジされた平安装束のような衣装だ。
「・・・・・・・・・・・やっぱり、会長は光導姫だったか」
真夏の変身した姿を見た影人は、小さな声でそう呟いた。
「フシュググ・・・・・・!」
闇奴が警戒したように、変身した真夏に視線を向ける中、真夏は不敵な笑みを浮かべて名乗りを上げた。
「聞きなさい、これからあなたを浄化する私の名を。――私は光導姫ランキング10位、光導十姫の内の1人・・・・・・・・『呪術師』よ!」
自身の光導名を高らかに宣言し、真夏は狩衣の袖口から蝙蝠扇を取り出し、闇奴にその先を突きつけた。




