第40話 邂逅せし光導姫たち(2)
「・・・・・・・」
強い風が吹く中、影人はその金の瞳で陽華、明夜、光司と狸型の闇奴との戦闘を観察していた。
今のところ、特に問題なく3人は闇奴との戦闘を続けている。もちろんといっては変かも知れないが、3人が優勢だ。
その100メートルほど離れた眼下の光景を影人はただただ集中して観察する。万が一の時はいつでも自分が助けに入れるように。
スプリガンに変身した影人は、橋のアーチの部分のちょうど頂点にいた。
影人は観察スポットに悩んだ末、「上からならバレないだろう」という安直というか、バカは高いところが好きというか、とにかくこの場所を選んだ。
当然、普段の自分でアーチに登るなんてことは出来ないので、そこは変身してスプリガン時の身体能力で駆け上ったというわけだ。
地上から遠く離れたアーチの頂点で、黒い外套が風に揺られる。外套のポケットに手を入れて、影人は帽子の下の眼を静かに細めた。
「・・・・・流石に今日みたいな日にこの格好は暑すぎるな」
額からダラダラと汗を流しながら、影人は外套や深紅のネクタイやら鍔の長い帽子を脱ぎ捨てたい衝動に襲われる。
しかし、スプリガンとしての超常的な身体能力はこの服装に由来しているし、帽子を脱げば認識阻害効果がなくなる。ゆえに、この服装を脱ぐという選択肢はありえない。
「・・・・対策考えねえとな」
本格的に夏が到来したときのことを考え影人は、頭を悩ませた。いっそのこと、冷え〇タを全身に張るか、そしてそれを買う金はソレイユが払ってくれるのか、いやそもそもアイツ日本円持ってるのか、などとどうでもいいことを考えていると、
眼下から眩い光が影人の視界を照らした。
「・・・・終わったか」
くだらないことを考えつつも、しっかりと戦いを見守っていた影人は、陽華と明夜が浄化の光を放ち闇奴を浄化したことを確認した。
視力が強化された金の瞳でその後の様子を窺っていると、闇奴化していた人間を光司が介抱している。光司も見ていた限りは骨にヒビが入っているとは思えない、普段と変わらないような動きをしていた。
どうやら今回は何事もトラブルは起きずに済んだようだ。影人もさっさとここから降りて、変身を解除しようと考えていると、影人の金の瞳が不自然な光景を捉えた。
「・・・・・・・ありゃ何だ?」
それは全力で逃げる巨大な兎とそれを追う謎の緑色のフードの人物だった。
一方、アカツキと兎型の闇奴の戦闘も終局に向かっていた。
「キュ、キュー・・・・・・」
最初の勢いはどこへやら、兎型の闇奴は今やボロボロになりながら怯えたような目でアカツキを見ていた。心なしか、その目は潤んでいるようにも見える。
「・・・・・うーん、やりにくいなー」
暁理はその姿を見てそんな言葉を漏らした。
今回の闇奴は正直に言って全く強くはなかったが、この闇奴は所々でこのような目で暁理を見てきた。まるで見逃してくれとでも言うように。
「でもごめんよ、とどめだ」
暁理は浄化の力を剣に集中させる。そしてその剣には浄化の力を宿した風が立ちこめる。
「疾風――」
必殺の一撃を放とうと決めぜりふを言おうとした瞬間、闇奴はまさかの行動を取った。
「キュー!」
巨大な兎型の闇奴は暁理に背を向け、凄まじい速度で逃げ出した。
「え、えぇ!?」
全く予想もしていないその行動に暁理は、素っ頓狂な声を上げる。今まさに放とうとしていた必殺の一撃も届かないほどの圏外に逃げた闇奴に、暁理は剣を持った右手を挙げながら叫んだ。
「こ、こらー! 待てーーーーーー!」
そして闇奴と光導姫の奇妙な追いかけっこが始まった。
暁理はその身体能力と自らの力である風の力を使い、まさしく風のような速さで闇奴を追う。
「闇奴が逃げるなんて聞いてないよ!」
愚痴をこぼしながら暁理は必死に闇奴を追いかける。今まで闇奴が逃げたなんてことはなかったので、暁理は本当に驚いた。
「しかもめちゃくちゃ速いし!」
そう兎型の闇奴は尋常ではない速さで暁理から逃げていた。まるで生命の危機を悟ったかのように。それこそ、スピードには自身のある暁理がまだ追いつけないほどだ。
全速力で追いかけながらも、闇奴と自分との距離はまだ20メートルほど離れている。このままではいつ追いつけるかわかったものではない。
「くそ・・・・・・!」
しかし暁理は闇奴を追い続けるしかなかった。




