第395話 第6の闇対第7の闇(6)
「むしろ、冥を許せない気持ちが強まりました。冥のやり方は無茶苦茶に過ぎます。やはり、己が響斬殿に代わって殺しましょうか?」
「頼むからそれだけはやめてくれ殺花くん・・・・・・後、冥くんは不器用なだけだからさ。やり方は確かに強引で無茶だったけど、ぼかぁ彼の優しさを分かってる。だからさ、ぼかぁ逆に冥くんが怒ってくれて嬉しかったんだ」
右手にずっと持っていた刀を、近くに落ちていた鞘に入れながら、響斬は笑った。その笑みは先ほどあははと笑っていた時のような卑下の笑みではなく、純粋に喜びからの笑みだった。
「冥の優しさ・・・・・・・・・・・・?」
響斬の言葉に、殺花が意味がわからないといったような表情になる。そんな殺花に響斬はこう説明した。
「だってそうだろう? 冥くん程の武人が僕の為に怒ってくれたんだ。僕の剣の腕が落ちていた事に、戦いに消極的になってしまった事に。冥くんにはそれが我慢ならなかった。だから、僕に荒療治をしたのさ」
それ程までに冥は自分の剣の腕を評価してくれていたのだ。それは響斬からしてみれば、嬉しさ以外の何者でもなかった。
「興味のない奴に、本当に堕ちてしまった奴に、冥くんはそんな労力は割かないよ。冥くんはそういった所は厳しいからね。だから、冥くんがわざわざ僕と戦ったのは、彼なりの優しさで、彼なりのメッセージなのさ。『これをきっかけにまた戦い、鍛錬しろ』っていうね」
しんみりとしながらそう語った響斬は、少しふざけたようにこんな事を付け加えた。
「まあ、現代では全くそんなこと伝わらないんだけどね! 昭和かっての。僕がそれを分かったのは、900年くらい前に生まれたおっさんだからであって、現代に生まれてたら『ふざけんな! 暴力振るいやがって!』てな感じで、間違いなくキレてるよ」
「・・・・・・・響斬殿」
明るく笑う響斬に、今まで黙っていた殺花が言葉を掛けた。そして未だに上体を起こしたままの響斬の高さに合わせるように、片膝をついて頭を下げた。
「その観察眼、感受性、心の広さに、己は改めて感服しました。こう言っては偉そうに聞こえるかもしれませんが、流石でございます」
「せ、殺花くん!? 本当に、頼むから顔を上げてくれ! 僕のメンタルが逆に逝きそうだから!」
なぜか突然頭を下げて来た殺花に、響斬は大いに戸惑った。本当になぜ頭を下げて来たのか響斬には意味がわからなかった。
「了解しました」
響斬がやめるように頼むと、殺花はすぐに顔を上げた。そんな殺花に、響斬はどこか疲れたようにこんな事を言った。
「うん、ありがとう。あ、介抱の件もね。またゆっくり話そう殺花くん。でも、とりあえず今日の所は少しだけ1人にしてくれないかな? わがまま言って本当にごめん」
「分かりました。では、自分はこれで一旦失礼させていただきます」
両手を合わせる響斬に、コクリと頷き殺花は音もなくその姿を消した。
「相変わらずの気配と姿の消しっぷりだなあ・・・・・・・・うん。たぶん殺花くんもこの場から居なくなったかな。彼女、嘘はつかないタイプだし」
そう呟くと、響斬はドサリと再び上体を地面に投げ出した。実はけっこう無理をして体を起こしていた響斬だった。
「・・・・・・・・・・あー、ったく何だよあの『無斬』は。斬れぬモノ無し、だからぼかぁあの居合術に『無斬』って名前をつけたんだろうが。だっていうのに、何一つとして冥くんを斬れなかった。これじゃあ、斬れ無いって意味の『無斬』じゃないか」
研鑽を、鍛錬を怠っていた人物は自分のはずなのに、何故か今更になって怒りが込み上げて来た。過去の自分が、先ほどの技を見たならば鼻で笑うだろう。
いつの間にか、炎が灯っていた修練場に寝転びながら、響斬が右手に持っていた刀を掲げた。おそらく炎を灯したのは殺花だろう。
「・・・・・・重いな。昔は何とも思わなかったのに、そう思ってしまうほど、ぼかぁ鍛錬を怠ってたわけだ」
剣の重みを改めて感じながら、響斬は自分の刀を見つめる。過去の自分はこの刀という武器に全てを捧げていた。
「・・・・・・・・・・・また一から鍛錬するか」
『剣鬼』の名を冠した闇人は、再び剣の鬼となるべくそんな言葉を呟いた。




