第379話 聖女帰国(1)
「・・・・・・・・・聖女サマはやっと今日でヴァチカンに帰国か。長かったようで短かったな」
7月20日、土曜の午前10時。自分の部屋のベッドに腰掛けながら、影人は癖である独り言を呟いた。
一応、今日から影人は夏休みということになる。ファレルナが来日していた期間の間に、風洛高校の期末テストは終了していた。今回はまともにテストを受けたが、ある程度勉強したおかげで赤点は取らずにすんだ。とりあえず、補習はなしなので一安心だ。
まあ、そのぶん普通に夏休みの宿題は各教科から出されたし、今年の夏は担任の教師の家の倉掃除が確定している。更に今年の影人はスプリガンとしての役目も果たさなければならない。全く以てどこが休みだというのか。
「・・・・・・とりあえず、俺からすれば1つ肩の荷が下りたってとこだな。なんか知らんが、あの聖女サマえげつない勘してたし」
そう。先ほど呟いたように、今日で『聖女』ファレルナ・マリア・ミュルセールはヴァチカン市国へと帰国する。日本にはちょうど1週間の滞在であった。
影人からしてみれば、ファレルナが国に帰ってくれるのは嬉しいことだ。影人は月曜日の夜に、スプリガンとしてファレルナに接触した。そこで、ファレルナについて分かったことは色々とあったが、その1つがファレルナの異様に冴える勘であった。
(ソレイユも言ってたように、俺の正体がバレるってことは絶対にないんだろうが・・・・・・なーんか、あの聖女サマはふとした拍子に気づきそうで恐いんだよな。底知れなさがあるっていうか)
自分は正体がバレるようなヘマはしていないはずだし、スプリガン状態は究極の偽装形態。ファレルナにバレるはずはない。しかし、もしかしたらあの少女ならば気がつくかも知れない、そう思わせる何かがファレルナにはあった。
ゆえに、そんな影人にとっての危険人物が日本から去るというのは、一安心というかホッとした気分だ。日本にはいないという事実が影人の気を楽にさせる。なにぶん、あの少女の行動は常人には理解が及ばない所があるので、日本にいればまた影人と会いかねない。そうなれば、明らかに面倒な事態になることは目に見えている。
(・・・・・・・俺にとってはメディアの中の人間で、苦手な部類の有名人。それが聖女サマに対する評価だったはずだったのにな。何の因果か、プライベートで関わっちまったし、スプリガンとしても関わった。その結果、俺の聖女サマに対する評価は多少なりとも変わった)
ここ数日の間の記憶を呼び起こしながら、影人は胸中でそんな事を思った。ファレルナの事が苦手という気持ちに変わりは無い。いや、もしかすれば勘のことなどもあり、むしろもっと苦手になったかもしれない。
しかし、聖女の覚悟、胆力などを実際に見聞きした影人は、ファレルナという少女に一種の尊敬の念を覚えた。命の掛かっている状況で、あの少女は恐怖に支配されることもなく、堂々と受け答えし己を示した。もし逆の状況ならば、自分はあそこまで出来るだろうか。いや、きっとあそこまで堂々と出来ない。確実に焦りや恐怖の色が多少なりとも漏れるだろう。




