第355話 聖女来日3(5)
「こんにちは、お兄さん。先ほどぶりですね」
「ああ、そうだな。ちゃんと服は着替えたのか聖女サマ。川に飛び込んだから、ずぶ濡れだっただろ」
ニコリと笑顔を浮かべたファレルナに、影人は口調をある程度戻してそう言った。ファレルナは自分の砕けた口調をもう知っている。なら今更恭しい言葉を話す必要はないだろうと判断したのだ。
「大丈夫ですよ。アンナさんが替えの服を持ってきてくださったので」
そう言って、ファレルナはクルリとその場で回って見せた。先ほどの衣装とあまり変わっていないように思えるが、よく見ると先ほどのドレスよりも肌の露出が少しだけ増えている。多少は涼やかな衣装になったというわけか。
「そうか・・・・・・・・あれ? 聖女サマ、あの子犬はどうしたんだ? 俺が近くの警察まで連れてくって話だったと思うんだが・・・・・」
影人はファレルナにそんな質問を投げかけた。てっきり子犬を影人に引き渡す為にも、この少女は再び自分に会いにきたと思っていたのだが。
「それについてはご心配なく。あの子犬については私たちが日本の警察に届けますから」
「は、はい・・・・・・・?」
ファレルナに付き従っていた女性が影人に向かって言葉を放ったが、影人には女性が何を言っているのか理解出来なかった。なぜなら女性が話した言語は日本語ではなかったからだ。
「シスター、イタリア語は彼に通じませんよ。少年、私が翻訳しよう」
困ったような顔を浮かべている影人を見かねてか、ジーノが助け舟を出した。ジーノはシスターにイタリア語でそう言って、日本語で影人にスーツ姿の女性(ファレルナのお付きの修道女であるアンナ)が言った言葉を翻訳した。
「あ、そうですか。では、そちら側に対応をお任せしますとお伝えしてくれますか? ジーノさん」
ジーノからアンナが何を言っていたのか教えてもらった影人は、ジェスチャーとして首を縦に振って見せた。子犬の対応に関しては向こうがすると言っているから、影人は素直に向こうに対応を任せる事にした。
「ああ、わかった」
それからジーノはアンナに影人の言葉を伝えた。アンナも影人の言葉を了解したようで、コクリとその首を縦に振った。
「――お兄さん、今日は本当にありがとうございました。お兄さんがいなかったら、私は再びここに戻って来る事は出来ませんでした」
会話が一区切りした辺りで、ファレルナが丁寧に頭を下げた。そのファレルナの姿に影人は思わずため息を吐いてしまった。
「・・・・・・・なあ、聖女サマ。礼はもういいって言ったはずだぜ。別に俺はあなたにそこまで感謝されるいわれはねえよ。だから頭を上げてくれ」
ガリガリと頭を掻いて斜めの方向を向きながら、影人はファレルナに言葉を放つ。影人の言葉を聞いたファレルナは影人に言われた通り、その面を上げた。
「では、お兄さん。私があなたに対して出来る事はありますか? 私が出来る事であるならば、何でも仰ってください」
「っ!? ファレルナ様、そのようなお言葉は・・・・・・・・・・!」
ファレルナのその言葉にアンナが反応した。アンナはその言葉が危険だと思ったからだ。アンナもファレルナを連れてきたこの少年にはとても感謝しているが、この少年がどういった人物かまでは分かっていないのだ。
アンナの危惧はお付きとしては当然のものだった。もしこの少年が、下衆な欲望に忠実な人物であれば何を要求するか分かったものではないからだ。
だが結果として、この前髪に限ってはそんな心配はいらなかった。
「さっきも言ったろ。聖女サマが俗なこと言うなよ。だけど、何にもお願いなしじゃ逆に聖女サマが気負っちまうか。・・・・・・・・そうだな。なら――」
アンナの厳しい視線とジーノの視線を感じながら、影人はその願いを口にした。




