第352話 聖女来日3(2)
「よろしいのですか、お兄さん? ありがとう――」
「ああ、じゃなきゃ聖女サマはこっから動かねえだろ。だから、しばらくはその子犬を抱えてやりな。あと、礼はいらん。もう腹一杯だ」
ファレルナが今日何度目かになる感謝の言葉を口にしようとしたが、影人はどこかうんざりとした感じでそれを拒否した。元々、影人は多少捻くれているという事もあってお礼を言われるのは好きではない。それが『聖女』のお礼ならば尚のことだ。
「ほら、さっさと目的地を目指すぜ。聖女サマには本来道草食ってる暇はねえはずだろ」
「はい! ふふっ、私お兄さんについて分かった事があります。お兄さんはやっぱり、とても優しくていい人です」
歩き始めた影人の横にやって来たファレルナが、ニコニコとした笑顔でそんな事を言ってきた。ファレルナから自分の評価を聞いた影人は、こう言葉を返した。
「・・・・・・・・・・・・けっ、聖女サマは人を見る目がないな。そいつはねえよ。俺はどっちかっていうと、自己中心的で面倒くさがり屋な人間だ」
少し、ほんの少しだけその言葉に恥じらいのような感情が乗っていたような気がするのは、きっと気のせいだろう。
少年と少女、そこに加わった1匹は目的地を再び目指し始めた。
「――では、君はファレルナ様を誘拐した者ではなく、ファレルナ様を助けてくれた者というわけか」
とある小部屋。スキンヘッドに黒いスーツを来た男が日本語で確認をするようにそう言った。対面に座る影人は、スキンヘッドの人物が放つ圧をビリビリと感じながらも、しっかりと弁明の言葉を述べた。
「はい、誓ってそうです。私の言葉が信用できないのであれば、聖女サマに私の事をお聞きなさってください。ただ、私に聖女サマを助けたという認識はありません。私はただ道案内のガイドを務めただけです」
背筋をしっかりと伸ばし、影人はハキハキとそう答えた。ここはファレルナの言っていた会場。その待ち合い室の内の1つなのだが、部屋にいるのが影人とスキンヘッドの人物。お互いが対面に座っているという事、その重苦しい雰囲気などから、この部屋はまるで取調室のような雰囲気と化していた。
(ぶっちゃけ、目の前のマフィアみたいな人は凄まじく恐いが・・・・・・・・・話を聞いてくれる人でよかったぜ。下手したら話も聞かれずに、速攻でブタ箱行きとかもありえたからな)
子犬を川から拾い上げた後、10分ほどで影人たちは目的地である会場に辿り着く事が出来た。そして会場の周囲をファレルナの警護の人々が探し回っていたと言うこともあり、ファレルナはすぐさま彼らに保護された。
警護の人々やファレルナの関係者はそれはそれは安堵していたが、問題はそのファレルナと一緒にいた謎の前髪野郎、つまり影人が何者であるかということだった。




