第35話 沈んでいる時こそ(3)
翌日の昼休み。影人はまた学食・購買フロアに足を運んでいた。別にまた遅刻したとか、弁当を忘れたわけではない。ただ少し弁当だけでは足りないと思ったので、軽食を買いに来ただけだ。
「・・・・・サンドイッチ1つ」
影人は購買でサンドイッチ1つを購入すると、辺りを見回した。そしてある2人を見つけた。だが、それはどうでもいい。
影人はどこかイスに空きがないか探したが、残念ながら空いている席は影人には見つけられなかった。
「あ、あそこ空いてる」「やった、ラッキー!」という声がしたが無視である。
そして10分ほどサンドイッチを手持ち無沙汰にしながら、席が空くのを待っていると、たまたまあの2人の後ろの席が空いた。影人は仕方ないと思いながらもその席に座った。
そしていざサンドイッチを食べようと思うと、電話が掛かってきた。風洛高校はスマホ、携帯の持ち込みが許されている。
「・・・・・もしもし、何だ?」
電話に応じ掛けてきた相手の話に応じる。そしてしばらく話を聞く。
「あ? 友達とケンカして沈んでるって? んなどうでもいいことで俺に電話掛けてくるなよ」
沈んでいるというワードで、影人の後ろの2人がピクッと反応した。だが、影人は当然後ろに目がないのでそんなことはわからない。
「ちゃっちゃっか謝って仲直りしろよ。・・・・・・はぁー、1つだけアドバイスしてやる。沈んでいる時こそ笑顔だ」
「「!!」」
またまた後ろの2人が何かの言葉に反応したようだが、影人にはわからない。
「空元気でもなんでもいい、とりあえず笑え。笑えば自然と気持ちも明るくなってくると思うぜ。人間ってのは思い込みの生き物だからな。だから俺から言えるのは1つだ。笑顔になれ。・・・・・・・大丈夫だ、お前は、お前らは強い。だから笑顔で前を向いて進め」
そう言って影人は電話を切った。
「沈んでいる時こそ笑顔か・・・・・」
影人の後ろの席で昼食を食べていた陽華は、後ろの席から聞こえてくる通話を聞いてそう呟いた。
別段、盗み聞きしようと思っていたわけではないのだが、自然と耳に入ってきてしまったのだ。
「笑顔・・・・・・」
そしてそれは陽華の隣に座っていた明夜の耳にも聞こえていた。明夜は隣に座る親友の顔を見た。最近、陽華が笑ったのはいつだっただろうか。そして自分も。
「陽華」
「なに? 明――ひゃわ!?」
明夜は自分の方を向いた陽華の唇を両手で左右に引っ張った。
「ふぁ、ふぁに!?」
「笑顔よ陽華。確かに笑顔の方がいいに決まってるわ」
親友の顔を無理矢理笑顔にして明夜自身も笑顔になった。なんだか笑うというのは随分と久しぶりな気がする。
「・・・・・うん、そうだね明夜。私たちそんな当たり前のことも忘れてたんだね」
明夜の手をどけて、陽華はそう呟いた。そうだ、沈んでいてもいいことなんて1つもない。そんな時は笑えばいいのだ。人は笑うことが出来るのだから。
「ええ、だから笑いましょ陽華」
「うん明夜」
2人はお互いに笑顔を向け合った。そして、その顔が可笑しくて2人は声を出して笑った。
「あははっ、笑ったらお腹すいてきちゃった! 明夜、私学食もう1つ頼んでくるね」
「ふふっ、それでこそ陽華ね。私も蕎麦をデザートにしようかしら」
「明夜、蕎麦はデザートじゃないよ・・・・・」
「あら、そうだったわね」
そのやり取りを実はこっそり見ていた周囲の生徒たちは、久しぶりにいつもの名物コンビの姿を見て、たった数日だったのになんだか懐かしくなった。
「じゃ、私学食頼んでくるね」
陽華はそう言って席を立つ。その際、後ろの席をちらっと見る。盗み聞きした形だが、その人の言葉のおかげで自分たちは立ち直れたのだ。お礼は言うのは変だが、一体どんな人なのかは気になった。
「あれ・・・・・・?」
しかし、自分たちの後ろの席には誰もいなかった。
「・・・・・・・ったく、面倒くさい」
サンドイッチを持ちながら影人は教室へと戻っていた。電話を切った後、影人はすぐに陽華と明夜の後ろの席を立っていた。
「・・・・・・・ま、電話なんか掛かってきてないんだがな」
スマホを片手で弄びながら、影人は休み時間の廊下を歩く。
実はさきほどの電話は全て一人芝居である。そもそもあんなタイミングで沈んでいる時のアドバイスの電話なんか掛かってくるはずがない。
では、なぜわざわざそんなことをしたかというと理由は1つだ。
「・・・・・・・あいつらがあんなんだと調子が狂うからな」
あんな言葉だけであの2人が立ち直るかはわからない。影人はすぐに席を立ったため、2人の様子を確認していない。
しかし、あの2人は良い意味で単純なので立ち直っているかもしれない。そして、それは明日確認すればいいことだ。
「腹減ったな・・・・・」
さしあたっては、早く教室に戻って弁当とサンドイッチを食べたいと思う影人だった。




