第346話 聖女来日2(2)
「暑い・・・・・・・暑いが、笑っちまうくらい良い天気だな」
灼熱一歩手前といった感じの太陽の光を浴びながら、影人は自転車を漕いでいた。
今日は日曜日。何の部活にも所属していない影人は当然ながら休日だ。午前中は少し雨が降っていたが、正午あたりには雨もやみ、夏といった感じの晴天に天気は変わっていた。その天気の変化は、前髪野朗の心にも影響を与え、影人は自分の自転車で当てのないサイクリングに繰り出していた。
「ぶらぶらぶらと・・・・・・やっぱり天気のいい休日は、地元を探索するに限るぜ」
キーコキーコと緩やかに自転車を漕ぎながら、影人は周囲を見渡した。今のところ見渡す限り民家しかないが、影人は別に不満は覚えていなかった。
影人の趣味の1つは、地元を探索すること。まるで若者らしくない趣味である。だが、本人は楽しんでいるのでそこら辺は個人の自由だろう。
「喉渇いたな・・・・・・・・・」
20分ほどだろうか。自分の知らない道を気分の向くままに自転車を漕いでいた影人は、汗を拭いながらそんな事を思った。周囲は変わらず民家しかない住宅街であるが、どこかに自販機くらいはあるだろう。
「っと、あったあった」
何度か道を曲がり、影人は赤色の自動販売機を見つけた。自動販売機の前に自転車を止めて、影人は肩に掛けていたウエストポーチから財布を取り出した。
さて何にしようかと飲み物を見ていると、影人の視界の端に人が映った気がした。周囲には影人しかいなかったので、少し気にしてしまったが、まあそれは別にどうでもいい事だ。影人は硬貨を入れて緑茶のペットボトルを購入した。
「――あの、すみません。1つお聞きしたいのですが」
「ん・・・・・・・?」
ガチャンと音を鳴らして受け取り口に出てきたペットボトルを取った瞬間、影人は後ろから声を掛けられた。
「はい、何ですか?」
影人が振り返ると、そこには少女が1人立っていた。
「は・・・・・・・・・・・・・・?」
少女の姿を見た影人は、思わずそう声を出してしまっていた。だが、それは仕方のない事だ。なぜなら、そこにいた少女は影人が絶対に関わる事がないと思っていた人物だったからだ。
「お兄さん、ここはいったいどこなのでしょうか?」
プラチナ色の長い髪に、赤みがかった茶色の瞳。可愛らしい顔立ちのその少女は、軽く首を傾げてそう質問して来た。
その少女は、現代の『聖女』であり、光導姫ランキング1位『聖女』でもある、ファレルナ・マリア・ミュルセールその人であった。




