第345話 聖女来日2(1)
「――なに考えてんだあんたはッ! いきなり橋から川に飛び込むなんてイカれてんのか!?」
日曜日の昼過ぎ。夏の暑い空気を裂くように、影人の怒りの声が青空の下に響いた。川に飛び込んだため全身が濡れた少女は、影人の怒号に驚いたようにパチパチとした目を瞬かせた。
「ですがお兄さん。そうしなければ、この子は助けられませんでしたよ?」
影人の目の前にいる少女はそう言って、自分が抱えている子犬に視線を落とした。少女同様、その白い毛を水に濡らした子犬は「クゥーン」と甘えたような声を出した。
「よしよし、可愛いですね子犬さん。あなたに家族はいますか? いるならば、家族の元に連れて行ってあげますね」
少女は抱いている子犬に慈愛に満ちた笑顔を向けた。子犬は少女の言葉は理解できないはずだが、まるで少女の言葉に感謝するように、その小さな頭を少女の胸に擦り付けた。
(・・・・・・・・はあー、ダメだこりゃ。やっぱりこいつは――聖女サマはどこか常人とは違うぜ)
怒る気力も呆れに変わった影人は、冷めたような目を前髪の下から少女に向けた。
そう。川の浅瀬に立ちながら子犬と戯れ、影人の目の前にいる少女は、昨日来日し日本に国賓として招かれている『聖女』、ファレルナ・マリア・ミュルセールだった。
そして知る人物はごく限られているであろうが、この少女は光導姫ランキング1位『聖女』でもあった。影人がその事を知ったのは、まだ3日前の事だ。
「ったく、何でこんな事になったんだ・・・・・」
「? どうかなされましたか、お兄さん?」
「いや・・・・・別に何でもない。気にしないでくれ」
大きくため息を吐いた影人に、ファレルナが不思議そうな顔で問いかけてきた。影人はファレルナにそう答えを返すと、心の内である女神にこう語りかけた。
(なあ、ソレイユ?)
『そんなこと私が聞きたいですよ。まさか、本当にあなたがファレルナと接触する事になるとは私も思っていませんでしたし・・・・・・・・』
影人の念話にソレイユは困ったような声音でそう言ってきた。一応、ソレイユは影人が日本にやって来たファレルナに関わるかもしれないからといって、目の前の少女の、普通の人間は知らない情報を教えたのだが、実際は影人も言っていたように関わり合いになる事はないだろうと思っていたのだ。
(まあ、そうだよな・・・・・・・・・はあー、絶対に関わらないと思ってた奴と関わる事になるなんて・・・・・・・やっぱ呪われてんのかな、俺)
今日何度目かになるため息を吐きながら、影人はこの少女と関わる事になった経緯を思い出した。




