第34話 沈んでいる時こそ(2)
「え? 最近あの名物コンビの元気がないって? そうだねー」
学校からの帰り道。珍しくというほどでもないが、暁理と途中まで帰ろうとなり影人は話題ふりの意味で昼休みに聞いた話を取り上げた。ちなみに風洛で名物コンビといえばどの2人を指すのか風洛の生徒なら誰でもわかる。
影人からその話題を提供された暁理は、そのサラサラな髪を揺らしながらそう答えた。
「僕自身はあの2人と接点はないけど、友達から聞いた話じゃ確かにちょっとおかしいみたい。朝宮さんは、いつもは学食を2つは食べていたらしいけど、最近は1つみたいだし、月下さんに至ってはクールビューティー風のギャグキャラみたいなのが持ち味だったのに、最近は本当にクールビューティーみたいだって言ってたよ」
「それ元気関係あんのかよ・・・・・・」
思わずそう返した影人だが、まあ普段と違うという意味ではそうなのだろう。
「でも珍しいね、影人が他人のこと、というか同世代の人のことを話題にするなんて。なに、もしかしてどっちか好きにでもなったの?」
暁理がなぜか少し棘のあるような口調で影人を見る。心なしか少し睨んでいるのは気のせいだろうか。
「んなわけねえだろう、アホかてめえは。ただ少し気になっただけだ。言われてみれば、最近あいつらが遅刻しそうな光景を見てないことに気づいたしな」
影人はその前髪の下から白けたような目を暁理に向けた。影人の席からは風洛高校の正門が見える。そこから毎日のように陽華と明夜と上田勝雄の遅刻勝負を見れていたのだが、確かに最近というかここ数日はその名物光景も見なかった。
そのためかわからないが、今日影人が遅刻したときも、だからあの2人の姿が見られなかったのだろう。
「・・・・・ふーん、ならいいけど」
「何がいいんだよ・・・・」
暁理の謎の許しを得たようだが、影人はそれが何のことか全くわからない。そして、そうこう言っている内に影人と暁理、各々が自宅へ帰る分かれ道に着いた。
「じゃあ、ここで。またね影人」
「ああ」
暁理と分かれた影人は、2人が遅刻しそうな光景をいつから見ていないかを思い出そうとした。そしてそれが3、4日前ほどからだと思い出した。
(ということは、香乃宮が負傷した辺りからか・・・・・ま、大体予想は合ってたな)
ふと、陽華と明夜のメンタル状態についてソレイユは気づいているのかと影人は考える。まあ、気づいてるかもしれないし気づいていないかもしれない。ここ数日ソレイユから何も念話をしてこないということは、何か他の用事で忙しいかもしれない。
いずれにしても、影人はこの事を自分からソレイユに報告しようとは思っていない。面倒くさいというのが主な理由だが、メンタル関係のことに関しては人がどうこうできるものではないからだ。
「・・・・・・面倒くさいやつらだな」
はあ、とため息をつきながら影人はガリガリと頭を掻いた。
「・・・・・・・」
次の日。影人は少し早めに学校に来ていた。まだ影人が所属する2年7組にはまばらにしか人がいない。
影人は本を広げながら、その実、正門に注意を向けていた。理由はまあ、仕事と答えるのが一番スマートだろう。
「眠い・・・・・」
影人は寝ぼけた眼を擦りながら、正門に注意を向け続ける。正門からは続々と風洛の生徒が入ってくるが、目的の人物たちはまだ存在を確認できない。そして、正門に注意を向け続けることおよそ5分。時刻は午前8時15分ほど。目的の2人が風洛の正門を通ってきた。
「あいつらが走って校門に入ってこなかったところ、初めて見たぜ・・・・・」
スプリガン時のような超視力はもちろんないが、陽華と明夜がトボトボと歩いてくるのがわかった。残念ながら影人は視力はそれほどよくないので、表情まではわからないが、心なしか元気がないようにも見て取れる。
「・・・・・・・・」
影人はそのまま2人の姿が校舎の中に消えるまで様子を観察した。そして、ホームルームが始まるまで意識を思考に委ねた。
そしてそれから1限目が終わり2限目が始まるまでの休憩時間、影人は2年5組の教室を廊下からそれとなく覗いた。
すると陽華と明夜の姿があった。2年5組はこの2人が所属しているクラスなのだ。
「・・・・・・・あいつら、同じクラスで席隣同士なのか」
ちょうど教室の中央部分に陽華と明夜は隣合って座っていた。
影人はスプリガンとなり、それから陽華と明夜のことには注意を払ってきたが教室まで2人を見に来たことは実はなかった。
「朝宮さん、お菓子食べる?」
「ありがとう、でもごめん。今はいいや・・・・・」
「月下さん、昨日のお笑い見た? 面白かったよねー」
「そう。悪いけど昨日は忙しかったの。見てないわ」
2年5組の様子を窺っていた影人はクラスメイトと陽華と明夜のやり取りを聞いて即座に理解した。
「・・・・・・重傷じゃねえか」
朝宮陽華は名物コンビとして有名だが、大食いでも有名だ。その陽華がお菓子を貰わなかった。重傷である。
月下明夜は名物コンビとして有名だが、クールビューティー風のポンコツギャグキャラとしても有名だ。その明夜がただのクールビューティーのように質問に答えた。重傷である。
そうこうしてる内に休憩時間終了を告げるチャイムが響いた。影人は仕方なく自分の教室へと戻った。
そしてその日影人は休憩時間と昼休みのたびに、陽華と明夜に気づかれないように2人を観察した。そしてわかったのは陽華と明夜は確かに落ち込んでいるということだった。理由は大体わかる。しかし、陽華と明夜と表面的には何も接点がない影人には何もできない。いや、そもそもするつもりもなかった。
前にも思ったことだが、それは自分には関係ないことだ。それは本人たちが解決しなければいけない問題だ。
ゆえに自分にできるのは、自分のすべき仕事はただ2人を陰から見守るだけだ。
(俺、ストーカーみたいだな・・・・・)
放課後。陽華と明夜が帰るところを張っていた影人は、気づかれないように2人の後をつけた。自分は影から変身ヒロインを助ける謎の男ポジのはずなのに、これではただのストーカーだ。
なんとなく悲しくなってしまうが、仕方ないと自分に言い聞かせる。決して自分はストーカーではないのだと。
(というか、こいつらこんなメンタル状態で戦えるのかよ?)
できるだけ自然に後をつけながら、お互い何も話さない陽華と明夜を見て影人は考える。今のところ、ソレイユから闇奴の出現を知らされていることはないが、いざ陽華と明夜が戦うとなれば今のメンタル状態では厳しいのではないか。
闇奴との戦いは命がけの戦いだ。そこではメンタルの状態が戦いの結果を大きく作用する。今のまま状態では2人は自らの命を危険に晒すかもしれない。
(やっぱ、ソレイユに報告した方がいいのか?)
そんなことを思っていると、辺りにいた風洛の生徒たちの姿がなくなってきた。どうやらこの付近で自宅への道がそれぞれ分かれているようだ。
その結果、今まで自然だった影人の姿が、ただ1人で2人の女子高生の後を歩く、少々不自然な、いや見方によればかなり不自然な人物となってしまった。
(ちっ、仕方ねえ・・・・・)
本当のストーカーみたいだが影人は電柱の影に隠れながら、2人の後をつける。電柱を次から次へと移動し、陽華と明夜をつける姿は高校の制服を着ていても、不審者以外の何者でもなかった。
2人をつけ初めて15分ほど経ったくらいだろうか、影人が近所の人々に不審者もといヤバイ奴を見るような目で見られながらも、陽華がため息を吐いた。
「・・・・・このままじゃいけないよね」
「・・・・・そうね。クラスのみんなに心配かけてるみたいだし」
2人が何かを話し始めた。
「・・・・・・・・」
影人はふだん培ってきた盗み聞きの技術というほどでもないが、耳を欹てながら意識を2人の会話に向けた。
「うん。わかってる、わかってるんだけど、やっぱり悔しい。あのフェリートのことを考えると、私たちじゃ絶対に勝てなかったってことが。確かに私たちは光導姫になってまだ少しだけど、絶対的な力の差にちょっと絶望しちゃったし・・・・・・」
「・・・・・・ええ、きっとあのスプリガンが助けてくれなきゃ、私たちは全滅してたでしょうね」
「ねえ、明夜。スプリガン無事だよね・・・・・?」
「・・・・・・ええ、と言いたいけどわからないわ。なにせフェリートはそれほどまでに強かったから」
「っ・・・・・・・そう、だよね」
「うん・・・・・・」
2人は再びお互いに何も話さなくなった。
(お通夜かよ・・・・・・)
その話を民家と民家の壁の間から聞いていた影人はそう思った。というか自分は生きてるし、何ならフェリートには勝った。
(ま、沈んでる理由はやっぱそれだったか)
確信を得た影人は、壁と壁の間から出て、数十メートル先の2人の後ろ姿に目を向ける。その後ろ姿はショボンとしているというのがピッタリだ。
「理由は、フェリートとの絶対的な力の差からの絶望か」
距離が離れているので、影人は癖の独り言でそう呟く。
まあ、わからないでもない。確かにフェリートと陽華と明夜の力の差は絶対的だった。そしてそれは光司にも言えることだが、光司は新人の光導姫の2人を守りながら戦うというハンデを負っていたため、まだ明確な実力差はわからない。
その差からの絶望。第三者が助けてくれなければ、死んでいたという事実。それはまだ十代の少女たちにすれば、気が沈むのには十分すぎる理由だ。なにせ彼女たちは今を生きる等身大の人間なのだから。
そのため思考がネガティブなものになっているのだろう。今日1日、2人の様子を観察していた影人はそう結論づけた。
そうこうしてる間に陽華と明夜は影人の視界から消えていく。理由の確信を得た影人はもう2人の後をつけなかった。
「・・・・・・・ふん」
冷静に考えて自分は何をしているのか。さっさと帰ってゆっくりしよう。そう頭を切り替えるが、心の底では2人の様子がチクリと気になっていた。




