第338話 聖女来日 前日(5)
「――♪ ――♪」
世界最小の国であり、とある世界最大宗教その一派の総本山であるヴァチカン市国。その住居スペースの一角、ある大部屋で1人の少女が聖歌を歌っていた。
祈るように歌っているその少女の身長は150センチと少しくらいだろうか。身長は少女の年を考えれば平均的だろう。一見すると修道女のようにも見えるその少女は、穢れのない白色を基調とした華美過ぎない装飾の施されたドレスを身にまとい、その胸元にロザリオを飾っていた。
「―― ――♪」
変わらず祈るように歌い続けているその少女の外見は、プラチナ色の長髪に赤みがかった茶色の瞳が特徴か。少女らしくどこかあどけなさを残した顔は可愛らしく、見るからに愛嬌がある。
「失礼します。っ、すみません。歌っておられる途中でしたか」
コンコンとしたノックが響き、修道女が少女のいる部屋に入ってきた。年の頃は20代半ばくらいか。修道女は少女の姿を見ると、謝罪の言葉を述べた。
「あ、お気になさらないでください。少し歌いたい気分だっただけなので。何か御用でしょうか? アンナさん」
少女はその修道女の名前を呼びながら、慈愛と優しさに溢れた笑顔を浮かべた。
(っ・・・・・・この方の笑顔を見ると、心に暖かな風が吹くような感覚を覚えてしまう。これも『聖女』様の慈愛と優しさゆえなんだわ、きっと)
目の前の少女はアンナよりも年下であるが、アンナはこの少女に心からの尊敬を寄せている。
この少女と同時代に生き、言葉を交わしている事は一種の奇跡だ。アンナは本気でそう思っていた。
「は、はい『聖女』様。明日の訪日について猊下がお話したい事があるそうです」
「まあ、教皇様が。分かりました、少しだけ身支度をして教皇様に謁見します。教皇様にそうお伝え願いますか、アンナさん」
「了解いたしました『聖女』様。では、失礼させていただきます・・・・・」
「はい、ありがとうございました」
アンナにお礼を言った少女は、鏡面台に腰を下ろすとヘアブラシで軽く髪をといた。尊敬する方に自分のだらしのないところは見せられない。
「ふふっ、日本ですか。楽しみですね。私が訪れる事で、もし1人でも笑ってくだされば嬉しいですね」
少女の無邪気な笑みが鏡に映る。少女は人の笑顔が大好きだ。だから、もし自分が日本を訪れる事で、日本の人々が笑顔になってくれたら、それはとても喜ばしい事だなと心の底から思っていた。
「ああ、そうでした。日本といえば、少し前にソレイユ様から頂いた手紙に、不思議な人物が日本に出現したと書かれていましたね。ええと、確かその方の名前は――」
うーんと記憶を思い出しながら、少女はその人物の名前を思い出そうとする。そして、少女はその名前を思い出すことに成功した。
「――スプリガン。そう、確かスプリガン様です。手紙には光導姫を助けた守護者ではないお方だと書かれていました。1度、お会いしたいものですね」
光導姫ランキング1位『聖女』こと、ファレルナ・マリア・ミュルセールは柔らかな笑みを浮かべながらそう呟いた。




