第332話 それでも少年は笑い、少女たちは前を向く(5)
「・・・・・・ねえ、明夜。紅茶来るの遅くない? いつもはもっと速いのに」
「確かにそうね・・・・・・・・店内のお客は私たちだけだから順番ってわけでもないし、そもそも今日私たちが頼んだのは紅茶だけだし、こんなに時間がかかるのはちょっとおかしいわ」
未だに注文した紅茶が来ない事に、2人は疑問の言葉を口にした。2人とも普段からよくこの喫茶店を利用しているので知っているが、本来紅茶だけならすぐにしえらが持ってきてくれるはずだ。だが、注文から15分ほどしても紅茶は来ていない。
「うん。まさかしえらさんが忘れてるなんて事はないだろうけど・・・・・・ちょっと聞いてみよっか」
不安に思った陽華はカウンター内のしえらに向かって呼びかけた。
「すみません、しえらさん。あの、まだ紅茶が来ていないんですけど・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・大丈夫。それは分かってる。でももう少しだけ待ってほしい。理由は後でわかるから」
「「?」」
陽華の呼びかけにしえらはそう答えた。その答えから分かったように、別にしえらは2人の注文を忘れたわけではないようだ。
「もう少しだけ? いったい何なのかな・・・・・・」
「さあ? でも、しえらさんがそう言ってるんだから、もう少し待ちましょう。別に私たち今日は暇だし」
「あはは、それもそうだね」
それから2人はしえらに言われた通りにしばらく待った。2人が軽く話し合いながら待っていると、それからさらに15分ほどして、しえらが紅茶を運んできた。少しというよりかは、けっこうと表現しても問題ない時間である。
「お待たせ、まずは紅茶。あと――」
しえらは2人の前に湯気の立つ温かい紅茶を置くと、再びカウンターの方へと戻っていった。
2人が不思議そうな顔を浮かべていると、しえらは手に何かこんがりと焼けたパイのようなものを持って再び2人のテーブルへとやって来た。
「え、あのしえらさん・・・・・・・・それは?」
「私たち今日は紅茶しか頼んでませんけど・・・・・・」
しえらの持って来たものに戸惑う陽華と明夜。そんな2人の反応にしえらは、「分かってる。これはある人から頼まれていたもの」と言って、その手に持っているものと、エプロンから手紙のようなものを取り出した。
「待たせてごめん。焼くのに時間がかかった。特製アップルパイと2人に渡すように言われてた手紙。アップルパイの代金はもう貰ってるから、そこは気にしないで」
そう言うと、しえらはスタスタとカウンター内へと戻っていった。




