第32話 友と謎の光導姫?(4)
夕日が沈み、空に安寧の闇が訪れる。夜という闇は終わりであり、始まりでもある。仕事を例にするならば、夜には仕事が終わり、夜から仕事が始まるという人々もいるだろう。まあ、昨今ではブラックだなんだと仕事が夜に終わらないという人たちもいるかもしれない。しかし、それでも夜というものは古来から人々に安らぎを与えてきたものだ。
「グルルゥゥゥゥゥゥ!」
そんな安寧を裂くように、獰猛な唸り声が閑静な住宅街に響く。
場所は東京と埼玉の県境。辺りはまだ夜が浅いというのに、人1人見当たらない。そんな静かな世界にその人外の獣はいた。
灰色の体毛に鋭い牙。犬の面影を感じさせる顔。人間を簡単に引き裂くであろう爪。それは狼と呼ばれる種類の獣だ。
だが、通常の狼とは違いそれは二足歩行を可能にしていた。その体躯も膨張した筋肉が見て取れ、ただの狼でないことは一目瞭然だ。一言で言うなら、それは狼の獣人と表現するべき存在だ。
「・・・・・・・なるほど、獣人型か。また面倒くさそうだね」
コツコツと狼の獣人の前に人間が1人現れた。淡いエメラルドグリーンのフードを被った右手に壮麗な剣を持ったその人物は、その怪物と言えるべき者を見て、全く恐怖の感情を感じさせない口調でそう呟いた。
「厄介だな。獣人型は闇人と闇奴の中間点だし、けっこう強いんだよね」
フードで顔が見えず性別はわからないが、少し高めの声がその人物から発せられた。
「グルゥ?」
そして獣人はその人物がいることに気がついた。獣人は警戒するようにその謎の人物を注視し、腰を低く落とした。
「おっ、来るかい?」
獣人が唸り声を上げながら、その顎を大きく開き謎の人物に突撃を仕掛けてきた。その速度は凄まじく、10メートルは離れていた距離を即座に詰めてくる。
「おお、速い。流石、狼の獣人タイプ。でも、それじゃあまだ僕以下かな」
軽口を叩きながら、フードを被った人物はその顎をひらりと避ける。そして、謎の加速により、獣人から再び距離を取った。獣人は獲物にその攻撃を避けられるとは思っていなかったらしく、キョロキョロと辺りを見回している。
「知能がないとやっぱやりやすいな。・・・・・・いけないいけない。僕まで独り言が癖になりつつあるな。これも全部あいつのせいだ」
独り言を呟きながら、いやいやと首を横にふる。正直、そんな癖は全くもっていらない。厄介な友人を持つとこんな癖まで伝播するようなものなのか。
「グルァァァァァ!!」
ようやくフードの人物を見つけ怒りの感情を迸らせた咆哮を上げ、獣人が再び突撃を仕掛けてくる。しかし、今度は食らいつきによる攻撃ではなく、その凶悪な獣爪による攻撃を選択したようだ。
「・・・・・・・悪いけど、今日はちょっと気が立ってるんだ。友人との楽しい時間を潰されたからね」
フードの人物は、その壮麗な剣を自分の正面に水平に構え、続けてこう呟いた。
「風よ、我が剣に宿れ」
その間にも獣人の凶爪が迫り、今にもフードの人物を引き裂こうとしていた。その距離はおよそ10センチといったところか。
だが、フードの人物がその一撃を食らうことはなかった。
「疾風一閃」
その前に一陣の風が過ぎ去ったからだ。
「グルゥ? グ――」
そして狼の獣人は斜めに斬られた傷から光を発して倒れた。後に残された獣人は不思議なことにやがて全身が光に包まれて、男性の人間に変貌した。
フードの人物はその男性を介抱して適当な電柱にもたれ掛けさせた。そして、フードの人物はその場を後にした。
「全く、中々面倒だったな。あの獣人タイプ、まともにやってればもうちょい手こずっただろうし。・・・・・・・まあ、でもこの前戦った敵の親玉よりは全然ましだけど。本当、強いとかいうレベルじゃなかったからなー」
ついこの前、敵の親玉レイゼロールと初めて戦ったがまるでレベルが違った。しかも、レイゼロールはかなり手を抜いていたのがありありとわかったし、できればもう2度と戦いたくない相手だがそういう訳にもいかない。
なぜならレイゼロールの浄化こそが女神の悲願であり、自分たちはそのために戦っているのだから。
「おっと、そうだった。解除しないと」
そう謎の人物が呟くと、その姿に変化が生じた。淡いエメラルドグリーンのフードは光に溶け、どこかの学校の制服に変化した。そして右手には、緑色の宝石がついたブレスレットが装着される。
「はあー、これで明日も普通に学校だって言うんだから嫌になっちゃうよね」
ため息をつきながら、その人物はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
不思議なことに先ほどまで人1人いなかった住宅街に、何人かの人間がまばらに歩いているのが見て取れた。
「さて、そろそろかな」
その人物は電灯の当たらない暗い路地へと足を踏み込む。そして、しばらく立ち止まっていると、その人物は光に包まれどこかへと消えた。




