第315話 夏の到来、しばしの日常2(4)
「全くだ、そんな限定的な状況の事を聞かれても困る。ましてや俺はお前と雑談に興じる仲じゃない」
うどんを食べ終え、おにぎりのビニールを剥きながら影人は変わらず冷たい言葉を吐き続ける。そんな影人の言葉にさすがの光司も少しショックを受けたような顔をした。まあ、それが普通の反応だ。だが、普通の人間ならばそこに嫌悪や怒りの色も入る。だが光司にその色はない。掛け値なしの善人の証拠である。
「そ、そうだね。本当にごめんよ。あ、席が空いたみたいだから僕は移動して――」
「が、今日は気分がいい。特別にお前の雑談に付き合ってやる」
光司がトレーを持って立ち上がろうとした時、影人はそんな事を言った。
「え・・・・・・・?」
「信じていた者に裏切られる。そりゃ気持ちとしては辛いに決まってる。信じるの深度によってその辛さは変わってくるが。辛いのは変わらねえ」
驚いているような光司を尻目に、影人はおにぎりを食べながら言葉を紡ぐ。咀嚼音は出来るだけしないように心がけながら。
「だがな、それでも明日は来るんだよ。辛くたってもな。ならどうする? 酷な言い方になっちまうが、結局は立ち直るしかない。自分の足で自分の心でな」
「・・・・・・・・・・・・」
静かに影人の言葉を聞く光司に、変わらず影人は言葉を続ける。別にアドバイスなどではない。ただ気分がいいから自分の自論を聞かせてやっているだけだ。
「でもそいつをやれる人間はけっこう少ない。大抵は励ましてくれるような物や人間、寄り添ってくれる奴がいて、ようやくそいつは立ち上がれる。・・・・・・・・・・お前のさっきの言葉は誰の事を言ってるのか俺には分からん。が、まあ俺の自論はそんなとこだ。ああ、あと1つ。その励ます人間や寄り添ってくれる奴がしけたツラしてたら、意味はねえぜ。自分がそんな気分だってのに、他人に寄り添う事なんて出来やしないからな」
最後のおにぎりのかけらを食べ、影人は手を合わせた。存外長く語ってしまったので喉が渇く。影人は水を飲むと、トレーを持って席を立った。
「・・・・・・・じゃあな。今日の事は夏の暑さが起こした一時の陽炎の夢。俺は今まで通りお前と馴れ合うつもりはない」
そう言い残して影人はこの場を立ち去ろうとした。しかし、後方から光司が声をかけてきた。




