第311話 夏の到来、しばしの日常1(5)
「というかそれ何なんだ? 見たところオニキスっぽいもんがついたペンデュラムだったが」
「・・・・・・・・・・・・・・別に何でもないですよ。これはただの大事な物です」
顔を逸らしながら影人はそう言った。危なかった。まさかコレが他人の目に触れるなんて。今度からはもっと気をつけなければ。影人はすぐにそう心に誓った。
「・・・・・・そうかい、じゃあそれについてはもう何も聞かないよ。そもそも私の本題はこっちだしな」
紫織はそう言うと影人が渡したスマホを軽く手で弄んだ。
「・・・・・・・てか何で俺の連絡先を聞いてくるんですか。意図がよくわからないんですが」
「ああ、お前には夏休みにウチの倉掃除を手伝ってもらおうと思ってな。そろそろサッパリさせなきゃならないんだが男手が足りない。だからお前と連絡取れるようにだ」
影人の疑問に紫織はだるそうに肩を叩きながら言葉を返した。影人も面倒くさがりなので、紫織のような仕草をする事はよくあるが、紫織は影人よりも数段面倒くさがり度が上のようである。
「絶対に嫌ですよ。明らかにただ働きだし、学生の貴重な夏休みを何だと思ってるんですか。とにかく嫌なもんは嫌――」
「あ? お前断れるとでも思ってんのか。なんか忘れてるようだが、私はお前の弱みを握ってるんだぞ。お前のカンニングのことバラされたくなかったら私の頼みを聞くしかないんだよ」
影人は紫織の頼みを断ろうとしたが、紫織はまるでそちらの顔が本性であるかのように、黒い笑みを浮かべた。教師がしていい顔ではない。
「あー・・・・・・・・・・・あはは、そ、そう言われたら、何も言えないじゃないですかー」
紫織のその言葉に、先ほどまでの態度はどこへやら。影人は急に弱気になると苦笑いを浮かべながらそう言った。
「なら、分かるよな? とりあえずラインがないならメアドと携帯番号を教えろ。ほら、ロック開けろよ」
「はい・・・・・・・・・・」
影人は紫織からスマホを戻されると、ロックを解除して自分のメアドと携帯番号を紫織に見せた。紫織は影人のアドレスを素早くスマホのメモに打ち込むと、「よし、いいぞ」と言って携帯を仕舞った。
「んじゃ、また夏休みに連絡するわ。安心しろよ、何日か前には告知してやるから」
覇気のない笑みを浮かべて、バンバンと影人の肩を叩くと紫織はそのままどこかへと行ってしまった。
「・・・・・・・・・最悪だ。身から出た錆とは言え、俺の今年の夏休みは優雅にはならねえな」
昼休みの廊下の喧騒の中、影人はため息をつくとトボトボとした足取りで学食を目指した。




