第309話 夏の到来、しばしの日常1(3)
暁理が恥ずかしそうにチラリと影人を見ると、影人は「・・・・・・お前って奴は本当に変わってるな」と呆れたようにため息を吐いていた。
「・・・・・・・・・・・・分かったよ。気が向いたら1回だけ付き合ってやらんこともない。ただし、気が向いてたらの話だ」
「気が向いたらって・・・・・全く君は本当に素直じゃないなー。ま、いいや言質は取れたからね!」
根負けしたように譲歩案を示した影人を見て、暁理の機嫌は途端に良くなった。目に見えて機嫌が良くなった暁理に影人は「現金な奴だ」とボソリと呟いた。
(よしっ! 出来れば今年の夏休みで、長年の僕の人知れぬ戦いを終わらせてやる! がんばれ僕! 目指せ僕! 夏休みは男女の仲を大いに進展させる季節。こ、今年こそは・・・・・・・!)
内心ガッツポーズを握りながら、密かに思いを燃えさせる暁理。そんな友人の考えを知るはずもない影人は、前方に女子生徒が増えてきた事に気がついた。
「この感じは・・・・・前に香乃宮がいやがるな」
この時間に前方に女子生徒が増え始めた理由はおよそ1つしかない。それはもちろん登校ではなく、風洛高校が誇る有名人、香乃宮光司の登校時間であるというものだ。
「え? あ、本当だね。この女子の多さは香乃宮くんだ。そうだ、確か香乃宮くんも最近元気がないっていうか、なんか少し硬い雰囲気らしいよ。いつも爽やかな彼といい、朝宮さんや月下さんのことといい何かあったのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・知らん。俺にはどうでもいい事だ」
光司の噂にも何となく心当たりはある影人だが、知らぬ存ぜぬのフリをしながら興味のなさそうにそう言葉を返した。
「あはは、まあ影人ならそう言うよね」
学校の噂などに基本的に無関心である友人の言葉を聞き軽く暁理は笑ってみせたが、内心は少し違う事を考えていた。
(香乃宮くんに、朝宮さん月下さん。この3人の共通点は風洛の有名人って事だけど、実はあの3人は光導姫と守護者って共通点もあるんだよね・・・・・・・そっち絡みで何かあったのかな?)
自身も光導姫である暁理は、そっち方面から3人の雰囲気の変化のことを考えた。だが、暁理が最後に光司と共闘したのは前の『巫女』との最上位闇人戦であり、陽華と明夜と共闘したのはレイゼロールが乱入してきたあの闇奴戦が最後だ。実際には最近の3人の動向についてはよく分からない。
「つーか暁理よ。話は戻るが夏休みの前には、最悪のイベントが1つあるのを忘れてねえか? ぶっちゃけ、俺は今からでも胃が痛い気がする」
「へ? ・・・・・・・・ああ、期末試験のこと? 確かに僕も嫌だけど、ある程度普通にやってたら赤点とかは取らないし、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
影人の声のトーンが露骨に落ちた。そんな影人の言わんとしていることを察した暁理はそう言ったのだが、しかし影人は依然トーンを落とした声で話を続けた。
「その普通がクソ面倒くさいんだよ・・・・・・はあー、今度アレやろうもんなら確定で担任にしょっ引かれるし、何を要求されるかわかったもんじゃねえからな。マジで今から気が重い・・・・・」
影人が言ったアレとは、前回の中間試験の時に行ったカンニングの事である。結局カンニング自体はバレなかったというか見逃されたのだが、その代わりとして影人は自分のクラスの担任教師、榊原紫織に弱みを握られてしまった。本人の言葉からすると自分は「いいカモ」のようである。




