第306話 もう1人の正体不明(5)
「・・・・・・あなたが宣言を行なったのはバランスのため。あなたの真の立ち位置を万が一にも悟られないため。その補強作業です」
「ご名答、やっぱお前頭いいよ。お前には分かってるだろう。あそこで俺があの宣言をしたのは、スプリガンという怪人にとっては正しいって事だってな」
「分かっています。分かってはいますが、そんなことは――」
「悲しすぎます、ってか。まあ、だからお前は泣いてくれたんだろうけどな」
ソレイユの言葉を先取り、影人はやれやれと首を振った。自分ははっきり言って全く気にしていないというのに、この女神はその優しさから気にしてしまうのだろう。
「つーかいま思い出したけど、雑兵どもで光導姫と守護者を攻撃した事は文句言わないんだな。文句の1つでも言われてもおかしくないだろ?」
「言いませんよ。だってあの雑兵たちは、光導姫と守護者を守るために召喚したものでしょう? 適度な弱さで陽華や明夜たちが絶対に負けないように調整されており、その相手をさせる事で戦う相手を限定させる。そして不測の事態が起こった時には、雑兵たちの体にイヴさんの意識を飛ばさせる事で、それとなく光導姫や守護者を助ける。実際、その方法であなたは明夜の命を救いました。一見、偶然のように装ってはいましたけどあれは必然です」
「・・・・・・・・・・・・・・・なんつーか、すまん。俺お前の事舐めてたわ。正直、そこまで分かってるとは思わなかった」
自分から話題を振っておいて何だが、影人はソレイユの見解を聞いてその目を丸くした。いや、別にひっかけとかではなく、単純にそう聞いてみただけなのだが、まさかそこまで分かっているとは思ってもいなかった。
「ふふん、どうです敬いの気持ちが湧き出てきましたか? これでも私は長年の時を生きる神なのです。観察眼は鍛えられているんですよ!」
「すぐ調子に乗るな。ったく、泣いたりドヤ顔したり感情の起伏が激しい奴だな」
「それはそれ、これはこれですよ。・・・・・・・・とにかく、一旦話は落ち着きましたね。改めて影人、ありがとうございました。あなたの覚悟を知っているのは私だけですが、あなたのその覚悟が光導姫と守護者を、陽華と明夜を守ってくれている」
ソレイユは威厳ある女神の顔で影人へと頭を下げた。影人は影から光導姫や守護者を助けるために、より険しい茨の道を進む事を決めた。それを言えば、きっと目の前にいるこの少年はいつものように「仕事だからな。別に全く気にしてねえよ」というだろう。帰城影人とはそういう少年だ。
「・・・・・・・けっ、別に仕事だ。そんな礼を言われる筋合いはねえよ」
「ふふっ、やはりあなたはそう言いますよね」
予想通りの影人の反応にソレイユはつい笑ってしまった。そんなソレイユに影人は「?」と疑問を浮かべていたが、やがて影人はソレイユが創り出したイスから立ち上がった。
「じゃあ俺はこれで失礼するぜ。そういや、ソレイユ。結局あの闇の気配は何だったのかわかったのか? お前分からないって昨日は言ってたが」
「っ・・・・・・・・・いえ、結局分からないままです。現地の光導姫も何もなかったと言っていました」
一瞬ぎこちのない表情を浮かべたソレイユだが、すぐに真面目な顔つきに戻ると影人の質問に首を振った。影人は「そうか、不気味だな」と言っただけだった。
「で、では影人、地上に送りますね。また会いましょう」
ソレイユはそう言って影人を地上へと送った。残ったソレイユは、影人への罪悪感を抱いていた。
「・・・・・・・すみません影人。私は、私たち神はあの気配を知っています。ですが、まだあなたたちにその事実は教える事が出来ないのです」
桜色の髪を光に照らしながら、ソレイユはそう独白した。




