第279話 終幕への序曲(5)
するとアイティレを中心に地面が突如として凍りつき始めた。氷は瞬く間に地面を覆っていく。
そして遂には氷が殺花の元まで広がってきた。殺花の見えない足にその氷が触れる。
その瞬間、殺花の両足は脛ほどまで凍りついた。
「なっ・・・・・・!?」
「なるほど、そこか」
殺花はまだ透明化を解いてはいない。そのため、アイティレには凍った足が2つ見えているだけだった。だが、狙いをつけるにはそれで充分だ。
アイティレが両手の拳銃を構える。殺花は咄嗟の判断を迫られた。
(くっ、どうする? 流石にこれ以上は幻影化は使えない。ならば・・・・・・)
間に合うかどうかは賭けになってしまうが仕方ない。殺花は透明化を解くと、右手のナイフで両足の氷を砕き斬り始めた。
「無駄だ、明らかに私の方が速い」
アイティレが2丁の拳銃の引き金を引く。浄化の力を宿した弾丸が動けない殺花へと音速の速度で向かう。
「ちぃ・・・・・・!」
右足の氷を砕き終わり、左足の氷を砕いている途中に弾丸が殺到してきた。殺花はなんとか機転をきかせ、左手で自身が纏っているマントを剥ぎ取り、それを前方へと投げた。これで『提督』から自分の姿は見えない。
「ぐっ・・・・・・・・・・!」
その一瞬に、殺花は身を屈め左足の氷も砕くことに成功した。だが完全に弾丸を避ける事は敵わず、殺花は右肩に銃撃を受けてしまった。
「・・・・・・・・・・ここまでして、やっと1発か。言いたくはないが、流石に最上位の闇人だな」
「・・・・・・光臨の力、まさかここまでとはな。己が血を流すのは随分と久しぶりだ」
黒い血を右肩から流しながら、殺花は冷や汗をかいた。闇人にとって黒い血は力の源。それを流し続ければ殺花は弱体化し続けてしまう。ゆえに、殺花は腰部に装着したポーチから止血用の包帯を取り出し、それを右肩へと巻いた。しばらくはこれで大丈夫だ。
「その格好・・・・・貴様はいわゆる忍者という奴か?」
「・・・・・・・・・・お前に答える義理はない」
マントを脱ぎ捨てた殺花の衣装を見て、アイティレはそんな事を呟いた。今の殺花の格好は、ノースリーブの黒色の軽装だ。下半身には黒色の半ズボンのようなものを履いている。
その格好は、確かに日本の「忍者」と呼ばれた者の衣装に酷似していた。
「・・・・・そうだな、これから浄化される者にそんな事を聞いても意味はなかった。――さて、これでわかっただろう。光臨状態の私からお前は逃れられない。氷の地は地面に触れている私以外の全てを凍らせる。例えその瞬間だけ跳躍すればいいとお前が考えても、私は同時に氷の雨を撃てばいいだけだ」
「・・・・・・・・・・」
無言でアイティレを睨みつける殺花。アイティレはそんな殺花に更なる絶望感を与えるべく、言葉を続ける。
「つまり、お前は正面から光臨状態の私と戦わなければならないという事だ。残りの私の時間は8分ほどといったところだろうが、充分だ」
そして奇しくもアイティレは、影人が内心で呟いた言葉と同様の言葉を殺花へと向けた。
「さあ、終幕と行こうか」
――この戦場でのそれぞれの戦いは、間違いなく終盤へと差し掛かっていた。




