第273話 氷河統べる大提督(4)
(己は暗殺者。意識外からの攻撃こそ暗殺者の基本のやり方であり、仕事だ)
殺花はあえて正面からアイティレに接近した。地面に砂があるため、普通ならばどんなに頑張っても足音は出るのだが、殺花は自分の靴の裏に闇を纏わせ自分の足音を消していた。ちなみにこの足裏に纏わせた闇のおかげで、足跡も残っていない。
そして、ついに殺花はアイティレの半径1メートルギリギリまで接近することに成功した。殺花はアイティレの正面にいるが、アイティレは正面に殺花がいることに気がついていない。
それもそうだろう。なぜなら今の殺花は透明になっているし、気配も完全に消している。殺気だけは少々漏れているかもしれないが、あれはスプリガンが敏感すぎるだけで、他の者ならば殺花レベルのほんの少しの薄い殺気には全く気がつかないはずだ。
(・・・・・その白い服に赤い花を咲かせてやろう!)
闇を薄くナイフに纏わせ、殺花はアイティレの心臓めがけて凄まじい速さでナイフを突き出した。
凍った闇のモノたちの隙間から、凶刃がアイティレに迫る。間違いなく、アイティレの認識外からの攻撃。事実、アイティレも何のアクションも起こしていない。
だが、アイティレの半径1メートル以内にナイフの切っ先が入った瞬間、なぜかナイフの刃が凍り始めた。
「っ!?」
「ほう、正面からとはな。てっきり後ろから来ると思っていたが、これは意表をつかれた」
ナイフが凍った事、攻撃の際に殺花の透明化が解けた事によりアイティレはそんな言葉を呟いた。
アイティレがそんな事を言っている間に、殺花の右腕は完全に凍りついた。そして殺花の右半身も1秒と経たずに凍った。
(ま、まずい・・・・・・! とにかく幻影化を・・・・・!)
この状況から間に合うかどうかは正直賭けだったが、まだギリギリ全身が凍っていなかった事により、殺花の幻影化は間に合った。半ば凍っていた殺花の体が徐々に霧のように揺らめいていく。そして煙や霧のようになった殺花はその場から離れていき、アイティレから15メートルほど離れた場所で実体化した。
「くっ・・・・・・・・どういう事だ。確かに今の攻撃は意識外からの攻撃だったはず・・・・・・・!」
幻影化したことで無傷で済んだ殺花が、アイティレに向かってそう呟いた。その呟きを聞いたアイティレは、「ああ、お前の言う通りだ」と自分を睨みつけて来る殺花を見つめた。
「光臨前の私であれば、ナイフで心臓を突かれていたかもしれない。何せお前が言ったように、今の攻撃は真正面からとはいえ私の認識外からの攻撃だったからだ。・・・・・そして、その言葉が出てくるという事は、やはり私の『凍域』の発動条件は見破られていたようだな」
殺花が自動凍撃と呼んでいたアイティレの能力、どうやらその正式名称は凍域というようだ。
「ああ、答えなくてもいい。貴様の間合いの取り方とさっきの発言でバレたことは理解している。私の凍域の発動条件は、私の半径1メートル以内に対象がいること。その対象が私を攻撃しようとしていること。そしてその対象の動きを私が認識していることだ。・・・・・・・非常に便利な反面、ばかに力を喰うため乱発できないのが欠点だがな」
殺花に手の内がバレた事を悟ったアイティレは、殺花に自分の凍域について説明を始めた。




