第26話 考察(1)
「大変申し訳ありません」
平伏の姿勢でフェリートは自らの主人に失態を詫びた。そんなフェリートを睥睨するように見つめているのは、石の玉座に座っているレイゼロールだ。
「よい。・・・・・ただ素直に驚いた。お前があの2人を仕留め損なったというのはな」
この世界のどこか、周囲が闇に包まれた場所にレイゼロールの声が響く。普段はその凍えるような瞳の中に何の感情も灯していないレイゼロールだが、今は確かに素直な驚きの色が見て取れる。
「・・・・理由を聞こうか、フェリートよ。闇人の中でも最上位の実力を持つお前が、何かの理由や障害なしに任務を失敗したとは思えん」
「レイゼロール様・・・・・」
顔を上げ、レイゼロールの顔を見て、フェリートは嬉しさと不甲斐なさが織り混じったような気持ちを抱いた。しかし、今はこんな自分の気持ちなどどうでもいい。フェリートは一瞬の感傷の後、なぜ自分が命令に失敗したのかを説明した。
「・・・・・では、僭越ながら申し上げます。今回の任務は目標の光導姫に、おそらく上位の実力を持った守護者が付いていたというイレギュラーこそありましたが、それはさしたる問題ではありませんでした。実際、私はあと少しというところで、光導姫の命を奪えました」
そこでフェリートは言葉を切り、一息ついた。そして、自らの腹部付近を抑え忌々しいその少年の姿を思い出す。
「・・・・・しかし、そこで邪魔が入りました。直接名乗った訳ではありませんが、その乱入者は名をスプリガンというそうです」
「っ・・・・・・!」
その名前を聞いたレイゼロールが、その無表情な顔をほんの少し歪ませた。しかし、フェリートは主人の表情の変化に気づきながらも、報告を続けた。
「そのスプリガンなる者は、光導姫と守護者を逃がし、私と敵対しました。見たところ、そのスプリガンという者は少年でしたが、不覚にも私はスプリガンと闘い敗走しました」
「・・・・・待て。お前が負けただと?」
「はい、恥ずかしながら」
今度こそ、その表情を人並みに変えたレイゼロールが、石の玉座から身を乗り出した。
「・・・・とにかく謎の多い少年でした。私と同じ闇の力を操りながらも、光導姫たちを逃がすために私と敵対し、その力と身体能力の前に私は大きなダメージを受け、撤退を余儀なくされました」
フェリートは報告を終え、再び頭を下げ傅いた。正直、羞恥と自らの無能さを呪いたい気分だが、今は主人の言葉を待たなければならない。
「・・・・・そうか。理由はわかった、下がっていいぞ。それと、傷は大丈夫なのか?」
レイゼロールは冷たい石に背を密着させ、その表情を無表情に戻すと、フェリートにそう言葉をかけた。
「・・・・はい。このような無能にそのような言葉を掛けてくださり、ありがとうございます。傷のほうは私の力で回復しました。とはいえ、血を流し回復に力を使いましたので、随分と弱体化してしまいましたが」
スプリガンを幻影で惑わしている間に、貫かれた腹部付近を自らの能力で塞いだフェリートはなんとかスプリガンから撤退し、この場所に戻ってきた。しかし、執事の技能が1つ、回復は闇の力の消費が激しい。そのうえ、フェリートは大量の血を流してしまった。ゆえに、今のフェリートはかなり弱体化している。今の自分ならば、闇人の中堅クラスがいいところだろう。
「・・・・・・・スプリガンなる者は我も対峙したことがある。確かに奴の力は、我らと同じ闇の力だった。しかし、奴は守護者でもなければ、闇人でもない。お前の言うとおり、本当に謎の男だ」
レイゼロールはスプリガンと対峙したときのこと思い出した。あの不思議な力は、フェリートが言ったように闇の力で間違いないだろう。しかし、闇の力は闇人しか扱えない。そしてレイゼロールはあのような闇人を生み出した覚えがない。そういった面でもスプリガンは本当に謎しかない人物だ。
「! レイゼロール様も奴と会ったことが・・・・・?」
一方、レイゼロールの言葉を聞き驚いたのはフェリートだった。まさか、あの男に自分の主人も会ったことがあるとは。
「・・・・ああ。とは言っても我はすぐに退いたがな。とは言え、二度も我々の邪魔をし、光導姫を守ったとなれば、スプリガンは明確に我々の敵だ。まだ、奴がソレイユ・ラルバサイドかは断定できんが、こちらも色々と手を打たんとならんだろう」
なぜ、二度も光導姫を助けたのにスプリガンがソレイユ・ラルバサイドか断定できないかというと、それはスプリガンの力が関係している。スプリガンの力は闇の力。それは光を司るソレイユ・ラルバとは真逆の力だ。スプリガンの力の属性は明確にこちら側の力だ。ゆえにレイゼロールには、スプリガンがまだあちら側とは断定できないのだ。
「まあ、今は休め。よく戻ってきたなフェリートよ」
「・・・・・・・もったいなきお言葉です。では、失礼します」
主人からの労いの言葉を受けたフェリートは、そのまま深く一礼して闇に消えた。その去り際に悔しげな表情を浮かべながら。
「スプリガン・・・・・・お前は何者だ?」
1人冷たい石の玉座で、レイゼロールの声が暗闇に響く。しかし、当然ながら答えは返ってこない。
(もう少しだと言うのに、厄介な奴が現れたな・・・・・)
レイゼロールにはある目的がある。そのために、人を闇奴に変えているのだ。何百、何千年と時をかけてきたその作業がようやく実を結ぶかと思われたときに、スプリガンという謎の人物が現れた。実に面倒である。
レイゼロールは闇の中、1つため息をついた。
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