第255話 スプリガン、十全なるその力(2)
影人はほとんど冥が知覚できないようなスピードで、右足で冥の腹部を蹴り飛ばした。その際、冥の右手を固定していた鎖と腕を虚空へと戻し、冥の左拳を握っていた右手もパッと離した。でなければ冥が遠くへとぶっ飛ばないからだ。
「がはっ・・・・・・・!?」
闇による身体能力の強化と『加速』によって、知覚できないレベルのスピードで振り抜かれた蹴りをもモロに喰らった冥は、一瞬何が起こったかも分からずに空中へと飛ばされた。冥が凄まじいスピードで飛ばされた事を確認した影人は、飛ばされている冥の進行上に闇の壁を創造した。大体いまの影人は目に映る範囲くらいなら、闇による創造物は無詠唱で創れる。
その結果、飛ばされていた冥は背中からその壁に激突した。普通の人間なら体がバラバラに砕け散っているが、さすが闇人ということもあって冥の肉体は爆散していない。足下に広がる円のようなもの――冥が『真場』と言っていたものだが――も解除されていないところを見るに、恐らく意識も失ってはいないだろう。全く以てタフである。影人はとりあえず追撃用に、虚空から鋲付きの鎖を複数呼び出し、それを壁へと打ち付けられた冥に放った。
「・・・・・・・次はお前だな」
「くっ・・・・・・・・スプリガン、貴様だけはッ!」
これで10秒ほどは冥を無力化できただろうと考えた影人は、その体をくるりと向け殺花にその金の瞳を向けた。
殺花がギロリと黒い目で影人を睨み付ける。その目には、怒り、殺意、恨みなどといった負の感情が渦巻いていた。
「・・・・・・・・・ずいぶん俺に感情的な目を向けるな。あんたと会うのは今日が初めてだと思うんだが」
「黙れ。己の主に、レイゼロール様に一時でも傷を負わせた罪、死んで償えッ!」
殺花がその姿を陽炎のように揺らめかせ、その姿を消した。殺花が消える前に、殺花の言葉を聞いた影人は、なぜあのような目を自分に向けてくるのかを理解した。
(なるほどな、フェリートと同じタイプか。ちっ、うざったい奴だな)
殺花が怒っている理由を悟った影人は、少しだけ苛ついた。フェリートの時も思ったが、こっちは仕事でやっているだけだ。フェリートや殺花の怒りなどは、影人からしてみれば心底どうでもいいものだ。そんな怒りを自分にぶつけるというのは、敵である殺花たちからしてみれば至極当然なのだろうが、標的である影人からしてみればたまったものではない。
(こっちも必死でやってんだ・・・・・・・・まあそれを誰にも言うつもりはないし、闇人に言うつもりもないがな)
だが、苛つきは抱く。影人は少しだけ負の感情を殺花に抱いた。




