第25話 フェリートVSスプリガン(3)
「・・・・・・なら俺は痛みっていう土産をお前にくれてやる」
スプリガンが二丁の闇の拳銃を構える。一方、フェリートは左足を大きく引き、右手を手刀の形にし、左の腰だめに構える。その様はまるで手刀による居合術のようだとスプリガンは感じた。
「あいにく、執事ですので痛みには強いですよ?」
「・・・・・・執事関係ないだろ」
どこかずれている気がしないでもない敵に、スプリガンは少し呆れた。そして、ほんの数瞬、風の音だけがこの場を支配した。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
風に舞った木の葉がひらりと参道に落ちたその瞬間、地上の流星となったフェリートがソニックブームを発生させながら一直線にスプリガンめがけて駆ける。その際、参道の石畳はフェリートの踏み込みにより、破壊の跡が残る。
それは人間はもちろん、上位の光導姫・守護者であっても知覚することはできない、まさに神速の一撃であった。フェリートは知覚外からの一撃――手刀を居合の要領でスプリガンの首に振るった。
「ちっ・・・・・!」
しかしスプリガンは本来知覚することができないはずの一撃を視た。それは全ての視力を限界を超えて上げるこの金の瞳のおかげだ。
今まさに自分の首を刎ねようとするその手刀を避けようと一瞬の行動を起こす。
まず体を逸らして、コンマ数秒の時間を稼ぐ。そして両足を空に投げだし、両手の銃を星がまたたく夜空に向ける。スプリガンの体勢は、まさにずっこけて今にも地面に後ろから激突するような体勢だ。
その体勢のまま、スプリガンは両手の拳銃のトリガーを引いた。別に当てようと思って撃ったわけではない。その証拠に闇色の弾丸はフェリートにかすりもせず、虚しく空に消えた。
ではスプリガンは何のために銃を撃ったのか。それは、拳銃を撃ったときの衝撃を利用するためだ。
スプリガンは実際に本物の拳銃を撃ったことはない。当たり前だ、なにせ自分はただの平和な島国の少年なのだから。
だが拳銃を撃つとき衝撃が発生することは知っている。それは例えば片手で拳銃を撃てば、一般人なら自分が後方に吹き飛ぶほどの衝撃だ。いやもしかすると、肩の骨が外れるかもしれない。
先ほどスプリガンは空中で二丁の拳銃を撃ちまくった。その際にもその衝撃は発生していたのだ。スプリガンはその衝撃を以て、空中で数秒、銃撃を行えた。ではなぜ、初めて拳銃を使ったスプリガンが二丁の拳銃をまともに撃てたのか。それは簡単だ。スプリガンの身体能力は人間を凌駕している。それは筋肉・骨の強度も含まれている。
ゆえにスプリガンはその拳銃の衝撃で通常よりも速く、地面に体を激突させることに成功した。そのせいで、フェリートの必殺の一撃は後ほんの少しというところでスプリガンの首を逃した。
フェリートのその一撃は空を切り、その衝撃は夜空の雲の1つを綺麗に分断した。
「おっかねえな・・・・・・!」
反転した世界からその光景を見たスプリガンは、思わず声を漏らす。あんなものを受けていれば、いかにスプリガン状態でも自分の首と胴体はおさらばしていたことだろう。
「っ・・・・・・!?」
まさかこの一撃まで避けられと思っていなかったフェリートは、その顔を驚きの色に染めた。
そして必殺の一撃を外したフェリートに訪れたほんの一瞬の隙。スプリガンは二丁の拳銃を虚空に溶かすように消すと、左手を右手に添えフェリートに伸ばした。
「闇よ、彼の者を貫け――望み通り、痛みをくれてやるぜ」
地面に倒れたスプリガンはがら空きのフェリートの胴体に狙いをつけ、自分とフェリートの間の空間から、闇色の槍の先端を出現させた。
「ぐっ!?」
フェリートはとっさに頑強を発動させたが、それでも超至近距離からの闇の槍はフェリートの胸と腹部の中間あたりを貫いた。
「がはっ・・・・・・!?」
スプリガンは攻撃が通ったのを確認すると、すぐさま立ち上がり後方に跳んだ。フェリートの体は槍で貫かれた後だけが残り、血のような黒い液体を口と貫かれた場所から流している。
「・・・・・驚いた、お前らにも血は流れてるんだな。まあ、色は違うが」
灯籠の光に照らされたフェリートが流した液体を見て、スプリガンはそんな感想を漏らす。貴族の血は青いと昔は言ったらしいが、どうやら闇人の血は黒いらしい。
スプリガンが冷めた目でフェリートを見つめる。その目を見たフェリートは、この謎の少年に恐怖を覚えた。
(まったく、恐ろしい少年だ・・・・・・!)
確かに自分は全力を出してはいなかった。だが、先ほどの一撃は限りなく全力に近い一撃であった。先ほど退却した守護者と光導姫ならば、反応すらさせずに殺せただろう。しかし、スプリガンと呼ばれたこの少年は、その一撃を避けあまつさえ反撃まで行ってきた。フェリートは闇人になって随分と長い古株であるが、今までこのような力と身体能力を持った人物とは戦ったことがない。
(ここは、もう退くしかないですね・・・・・)
光導姫を殺すという本来の任務も達成できず、守護者の1人も殺せていないが、ここは退くしかない。自分からお任せくださいとのたまってこの様だ。大失態もいいところだが、腹部あたりから流れる闇人の血がこの状況を許さない。
闇人は光導姫にしか浄化されない。それは闇奴も同じだが、この黒い血を流してしまうと闇の力が一時的に下がってしまう。ゆえに今、フェリートは弱体化している。
退くと決めると、フェリートは弱体化している闇の力を振り絞り、2つの力を発動させた。
「・・・・・あなたのことは、覚えておきますよ・・・・・!」
闇人といえど痛覚は存在する。腹部近くの激痛に顔を歪ませながら、フェリートが左目の裸眼と右目の単眼鏡からスプリガンを睨み付ける。
「ぐっ・・・・・・執事の技能が1つ、幻影、回復」
フェリートがそう呟いた瞬間、辺りが霧に包まれ、廃墟のような建物の空間に変わった。そして正面にいたはずのフェリートの姿は今はどこにも見当たらない。
「これは・・・・・・」
スプリガンは突然の景色の変化に戸惑ったが、まさか急に神社が廃墟に変わるはずがない。おそらく、これは幻影というやつだろうと見当をつける。
「なら・・・・・・闇の鎖よ」
スプリガンは周囲の空間から闇色の鎖を召喚した。そしてその鎖を今さっきまで、フェリートがいた場所に向かわせる。
これが幻影ならば、負傷を負ったフェリートはその場から動けないはずだ。
しかし、スプリガンの考えとは裏腹に鎖はただ空間を漂うだけだ。
「いない・・・・・?」
では奴は一体どこへ――スプリガンがそう考えていると、突如辺りの光景が元の神社に戻った。やはり幻影だったようだ。
しかし、フェリートの姿はやはりどこにも見あたらなかった。
「退いたか・・・・・」
フェリートの姿がないことを確認したスプリガンは、先ほどの幻影が退却するための時間稼ぎだということに気がついた。先ほどの負傷で動けたのは意外だが、逃げられたものは仕方ない。
「まあ、俺の仕事は終わってるしな・・・・」
そもそも自分の仕事は、陽華と明夜を守ることだ。その目的は果たせたので、これ以上自分がどこに逃げたかもわからない奴を追う理由はない。
「解除」
スプリガンがそう呟くと、変身が解除された。後に残ったのは、学生服の前髪が長すぎる冴えない少年と、黒い宝石のついたペンデュラムだけだ。
「・・・・・・神社の人かわいそうだな」
スプリガンから帰城影人に戻った少年はフェリートが破壊した石畳を見て同情の念を抱いた。いったい、修繕費はいくらなのか。
「まあ、俺は悪くないし・・・・・」
人ごとのような感想を置いて、影人は林から鞄を取って帰路についた。
今日のアクロバティックな動きから、明日の筋肉痛が確定している影人は少し憂鬱な気分になった。




