第242話 表の戦い(5)
「剱原さん!」
「分かってるよ風音ちゃん!」
風音の声に刀時はそう答えると、神速と言える速度で右手の刀を背後に振るった。
「・・・・・・・・・・」
だが、不思議な事に刀時の刀に斬られたはずの殺花は、まるで幻のように霧散した。
「ダミーかよ!?」
「・・・・・・・・・・もらうぞ、その命」
刀時が殺花の見せた幻に気を取られた一瞬に、本物の殺花は刀時の左側面から現れ、鋭利なナイフでその喉を引き裂こうとした。
(ヤバ・・・・・・・死んだか?)
刀時が反射的にそう思った時、光の羽衣がふわりと刀時を包んだ。
殺花のナイフは正確無比に刀時の喉に当たったが、刀時が血を吹き出す事はなかった。代わりに光の衣が霧散しただけだ。
「ちっ・・・・・・」
「ありゃ生きてる?」
刀時が驚いたようにその目を瞬かせる。とりあえず生きていた刀時は目の前の敵に反射的に斬りかかったが、殺花はその一撃を避けると素早く後方へと跳んだ。
「大丈夫ですか剱原さん!?」
「いやーマジでありがとう風音ちゃん。風音ちゃんのあれがなかったら、多分死んでたよ」
駆け寄って来た風音に刀時は感謝の言葉を口にした。風音の機転がなければ、刀時は死んでいただろう。
「油断するな『侍』。この戦場は互いの最上位のみが集う戦場だ。一瞬でも気を抜くと、本当に死ぬぞ」
アイティレが咎めるようにそう言って合流してくる。軍帽のような被り物の下からアイティレの赤い瞳がジロリと刀時に向けられた。
「いや、マジですんません。本当次回から気をつけます」
「ならばいい。・・・・・・さて、奴らを浄化するにはどうしたものか」
真剣な顔でそう言った刀時に、アイティレは首を縦に振った。そしてアイティレは自分たちから離れた場所にいる2人の闇人を睨みつける。
「何か妙よね、アイティレ? さっきから冥ともう1人の闇人・・・・・・・・・・本気では仕掛けてきてない。何かおかしいわ」
「その意見には同意する。奴らが本気でないのは明白だ。しかもなぜか奴らは連携して攻撃してこない・・・・・・いったい何を考えている?」
そう、この戦いは妙だ。特に冥と1度対峙したことのある風音は特にそう思った。2年ほど前に敵対した時の冥は嬉々として風音と戦った。冥という闇人は好戦的な性格で、そしてその強さも尋常ではない。ゆえに風音には分かる。冥は全く本気を出していないし、戦いを楽しんではいない。その証拠に、冥の表情は常に退屈そうであった。
「・・・・・・・・・貴様、なぜ先ほどから己が仕掛けた時に追従しない?」
殺花がくぐもった声で隣の冥にそう詰問した。冥はその問いかけに苛ついたように答えを返した。
「あ? 何で俺がお前に合わせなきゃならねえんだ? それよか、いま戦い始めて何分たったよ? もうそろそろ我慢が限界なんだがよぉ」
「・・・・・・・・・・つくづく癪に触る男だな。殺してやりたいが今は己も我慢してやる。・・・・・約束の時まであと1分だ。まだ待て」
冥の言葉に殺花はその目を不快そうに歪めるが、冥の時間を確認する言葉に、殺花はマントの内側から懐中時計を取り出しそう答えた。
「はっ、何だたったの1分じゃねえか。それならほぼほぼ約束の時間だ」
「・・・・・・・・おい、貴様待てと言っただろう。主の言葉を忘れたか? 『光導姫や守護者と戦い始めて20分は本気を出さず時間を稼げ』との命令だったはずだ。まだ後45秒は――」
「誤差だろうが! ――おい、てめえら! 待たせたなぁ!」
冥がその身に濃い闇を纏いながら、対峙する3人にそう呼びかけた。冥が嬉しそうに叫んだのを聞いた殺花は「この阿呆が・・・・・・!」と冥を激しく睨みつけた。
「何だ・・・・・・・?」
「さあ? 別に俺ら何も待ってないけどね・・・・・・?」
「っ・・・・・・!?」
冥の突然の呼びかけにアイティレ、刀時、風音はそれぞれの反応を示した。アイティレと刀時は疑問の表情を浮かべていたが、風音だけは何かに気がついたようにその目を見開いた。
(あの顔、あの暴力的な闇の気配・・・・・・・間違いない、2年前と同じ・・・・・!)
「アイティレ、剱原さん気をつけて! 多分向こうはこれから本気で仕掛けてくる!」
風音が本気の戦闘態勢を取った。冥と2年前に戦った風音には分かったのだ。冥がこれから強大なその力を振るうことが。ここからは今までの戦いとは違う。ここからが本当の鉄火場だ。
「ははっ、嬉しいね巫女ッ! お前には分かるか! やっと、やっとだ! やっと心置きなく強い奴らと戦えるッ!」
冥の態度と気配が明らかに変わったことに気がついたのだろう。アイティレと刀時も「どうやらその様だな」「まじかよ・・・・・」と風音と同じくその瞳をより真剣なものへと変える。
「さあさあさあ! こっからが本当の戦いだッ!!」
冥は心の底から楽しそうに、高らかにそう宣言した。




