第24話 フェリートVSスプリガン(2)
「・・・・・・意外だな、あいつらを逃がすなんて」
スプリガンがフェリートたちにそう語りかける。スプリガンが見ていた限り、フェリートの狙いは陽華と明夜だった。しかしフェリートはこの場から逃げさろうとしていた2人を追撃しなかった。
「ご冗談を。私が何かしようものなら、あなたが動いたでしょう?」
スプリガンから見て右のフェリートが、かすかな笑みを浮かべながら反応を返した。確かにその通りだったのでスプリガンは何も言い返さなかった。その代わり、2人のフェリートを見て、辟易とした表情を浮かべた。
「・・・・・・・どうでもいいが、さっさとその分身を解いてくれ。双子じゃないんだろ?」
「・・・・・・・なぜ分身だと?」
「視てたからな」
そうスプリガンの金の瞳は、なぜフェリートが2人いるのかを捉えていた。スプリガンの金の瞳は視力が比較的に向上している。それは動体視力も含まれる。
フェリートは最初の超速のスピードでの突進の時に分離したのだ。背中から分離したもう1人のフェリートは、空を蹴るとそのまま明夜の後ろに着地したのだ。
「いい眼をお持ちだ」
フェリートはしみじみといった感じで目を細めると、指をパチッと鳴らした。すると、影人から見て左のフェリートが闇となりもう1人のフェリートに吸収された。そして、フェリートはニコニコとした顔でスプリガンに語りかける。
「では、私からも。あなたは――ご同輩ですか?」
「・・・・・・・どういう意味だ」
「分かっているでしょうに。あなたの先ほどの力は私と同じ、つまり闇の力です」
フェリートは一瞬恐ろしいほどの真顔になり、スプリガンを見つめた。つまり、フェリートこう言っているのだ。お前も闇人かと。
「先ほどの守護者の少年があなたを信用できないと言ったのは、あなたの力が闇の力だと気づいたからでしょう。しかし、妙ですね。あなたが私と同じ闇人だとするならば、なぜ光導姫を助けたのです?」
フェリートが芝居がかったような口調で、首を傾げた。その際、右目の単眼鏡が微かに揺れる。
「・・・・・・おしゃべりな奴だ。答える義理があると思うか?」
おそらくもう3人は安全な場所に逃げたことだろう。ということは、必然的に陽華と明夜も変身を解除したはずだ。ということは、人払いの結界が解除されたということでもある。そうなると、この場所に人が近づいてこないとも限らない。
だから、スプリガンは先に動いた。
「闇よ、剣と化せ」
スプリガンがそう呟くと、右手に闇色の剣が現れた。そして、スプリガンは闇に紛れる黒い流星となり、フェリートに右上段から斬りかかった。
しかしフェリートも同じように闇から剣を創造すると、涼しい顔でその一撃を受けた。
「これが答えですか・・・・・! いいでしょう、ならあなたを半殺しにして、もう一度聞きましょう!」
「やれるものならな・・・・・・」
フェリートが左手に闇色のナイフを創造し、それを超至近距離から左手のスナップだけで放り投げる。それはスプリガンの左目を狙って飛んだ。
スプリガンはバックステップでそれを避ける。しかしフェリートはその動きを予測していたようで、さらに左手から2本の闇色のナイフをスプリガンに投擲した。
「まだまだ!」
フェリートはまるで餌を追う獣のように、剣を携えスプリガンに追撃をかける。
「執事の技能が1つ、分身」
駆けるフェリートから闇が分離し、フェリートの姿を形作る。先ほどの分身だ。そしてご丁寧にもその分身も剣を持っている。
「ちっ・・・・!」
2本のナイフと2人のフェリート。その厄介な攻撃をスプリガンは全て捌かなくてはならない。
「剣よ! 鎖よ!」
脳内にそれぞれのイメージを描きつつ、スプリガンは左手にもう1つ剣を出現させ、虚空から闇色の鎖を放った。
鎖で高速で飛翔してくるナイフ2本を払い、スプリガンは二刀流で2人のフェリートに対応した。
右手の剣を逆手に持ち、右のフェリートの一撃を受け止め、左手の剣で左から襲撃してきたフェリートと切り結ぶ。
そしてスプリガンはその身体能力を生かし、右のフェリートとつばぜり合いをしている剣を逸らし、受け流す。その受け流した勢いで体を捻り、左のフェリートのこめかみに蹴りを叩き込む。
分身のこめかみを蹴り抜いたスプリガンは、再びその勢いを利用して左足で踵からの回し蹴りを本体のフェリートに放つ。
「くっ・・・・!」
左のフェリートはスプリガンの蹴りを受け、消滅した。どうやら衝撃を与えれば分身は消えるようだ。
一方本体のフェリートはスプリガンの左の蹴りを頭をそらして避ける。スプリガンは体勢を崩したフェリートを見て、両手の剣を2つの拳銃に変化させた。
「形状変化、銃」
そして至近距離から闇色の弾丸を一斉掃射。体勢を崩したフェリートはまともに全ての銃撃を受けた。
「ぐっ・・・・・・!?」
どうやらダメージは受けるらしい。闇人というものは光導姫以外の攻撃を受け付けないのではないかと危惧していたが、これならやれそうだ。
「闇の板よ」
未だ空中に浮いていたスプリガンは、空に1つ板きれのようなものを出現させた。そして右足でそれを蹴ると、一回転して地上に着地した。
(案外、動けるもんだな)
スプリガン状態はまだ2回しか経験していない。正直、2回目で自分が動けるかどうか不安がなかったといえば嘘になる。
「・・・・・・全く、足癖の悪いお人だ」
フェリートはまるで何事もなかったように、手を後ろに組んでスプリガンを見つめた。それを見たスプリガンは少しだけ目を見開いた。
「・・・・・・でたらめなやつだ」
「あなたが言いますか。しかし・・・・・・本当にあなたは何者ですか? 見たところ闇の性質は私と同じに見えますが・・・・」
フェリートは単眼鏡越しに改めてスプリガンを観察した。先ほど剣だった闇は銃の形態に変化している。
(正直、この謎のスプリガンなる少年はあの守護者よりも厄介ですね)
スプリガンの外見からおそらく少年であろうと予測した、フェリートは心中でそう分析する。はっきり言うと、自分がダメージを受けたのは随分と久しぶりだ。
(先ほどの攻撃は『執事の技能』が1つ、頑強で耐えましたが、私も油断していたようですね・・・・)
フェリートの闇の性質は『万能』。自らの闇をありとあらゆる形態に変化させることなどが可能な性質だ。先ほどのスプリガンの銃撃も自らの体を闇で打たれ強く調整したから、フェリートはほとんどダメージを受けずに済んだのだ。
(さて、どうしかけますか――)
フェリートがスプリガンにどう攻めるか思考していたところ、突如頭に自分が仕える主人の声が響いた。
『フェリート、時間だ』
「! おや、もうそんなに時が経っていましたか・・・・・」
自分の主人――レイゼロールの声は一言自分にそう話しかけると、もう何も言わなかった。
闇人はレイゼロールとの念話が可能だ。なぜなら、闇人の力の元はレイゼロールなのだから。しかし、その念話はレイゼロールから闇人への一方通行である。そこが難点と言えば難点だ。(ついでに言うと、闇奴は知能レベルが低く、言語を理解できないため、実質的に念話は意味を為さない)
「すみませんが、お楽しみはここまでのようです。しかし、このままでは私の失態という残念な結果しか主人に献上できません。ゆえに――」
灯籠の光に照らされて、フェリートが、はあっ、とわざとらしいため息をつく。そして、静かな殺意の灯った目を正面の謎の少年に向ける。
「あなたの首か、腕の1本でも土産にさせていただきましょう」




