第223話 特訓の成果(1)
「ふぁ〜あ・・・・・・・・・眠い。そして暑い・・・・」
大きくあくびを1つして、影人は気怠げに学校へと歩を進める。影人は恨むように頭上に燦然と輝く太陽を睨み付けるが、すぐに無意味な行為だと気がつくと、ため息1つ視線を元に戻した。
6月も終盤に差し掛かっているため、最近は更に日差しがキツくなっている。いずれは本格的にセミ達が大合唱する夏が訪れるだろう。
「・・・・・・・・・そういや、まだ一応梅雨だっていうのに、今年はあんまり雨が降らないな」
昨日見た天気予報では、この時期はまだ当然梅雨ではあるが、例年に比べあまり雨は降っていないと言っていた。これも地球の異常気象の影響か。
『くくっ、えらくスカしてんじゃねえか。何だかんだで、一昨日にはラブコメしてたって言うのによ。ええ? 影人」
影人の脳内に人を喰ったような態度の女の声が響く。気が向いたのか、はたまた暇なのかは分からないが、彼女の方から話しかけられるとは思っていなかった影人は、少し驚いたように思わず足を止めた。
(俺から念話してもうんともすんとも言わなかったお前が、急にどうしたんだ? イヴ)
だが足を止めたのは一瞬で、影人は心中でそう呟くと再び歩き始めた。その顔はどこか嬉しそうで、口元がニヤついている。
『別に気分だ、気分。俺が暇つぶしがてらにお前と話してもいいかと思ったまでさ。だから色々と勘違いすんなよ』
その影人にだけ聞こえる声の主は、素っ気なさそうにそう言ってきた。影人はその声の主――イヴ・リターンキャッスルの意志が封じられている、黒い宝石のついたペンデュラムが入っている鞄に視線を向けながら、念話を続けた。
(へいへい、分かったよ。後、勘違いって言うならお前もしてるぜイヴ。一昨日の暁理とのアレはラブコメじゃない。俺はただ友人の願いを叶えてやっただけだ。なんせ、あいつと俺はただの友達だからな。それ以上でもそれ以下でもねえよ)
影人がイヴの先ほどの言葉を訂正する。
影人は一連の出来事の末に、イヴの存在を認めた。そのため、イヴは影人が変身していない時はペンデュラムの黒い宝石の中にその意志を宿している。
そしてイヴは黒い宝石形態の時は、半径1メートル以内という制約はあるが、影人の視覚と聴覚などを共有することが出来るのだ。つまり、影人がペンデュラムを携帯している時は、イヴは好きな時に影人の視界を見ることが出来るし、影人の耳を通して世界の音が聞けるというわけだ。
当然、影人は一昨日の暁理との遊びの時も(暁理が聞けば「デートだよ!」と反論するかもしれないが、影人の認識ではそう)不測の事態に対応できる様に、ペンデュラムを鞄に忍ばせていた。そして、おそらくイヴは影人と暁理の遊びを一部始終見ていたのだろう。その証拠が先ほどのイヴのラブコメ発言だ。
『あれがラブコメじゃなかったら何なんだよ。早川暁理とか言ったかあの女? あいつ多分お前の事が好きだぜ影人。くくっ、よかったじゃねえか。お前を好いてくれる雌がいてよ』
イヴがどこか挑発するようにそう言った。おそらくは影人の慌てふためく様でも見たいのだろうが、影人からしてみればそれは挑発にすらなっていない。
(・・・・・・・・普通に考えてそれはあり得ねえよ。自分で言うのもなんだが、俺の見た目は暗い。どこの誰がこんな顔半分見えない奴を恋愛的に好きになる? 何だかんだで、恋愛は顔ってパーツが重要だし、それが決め手になりうるんだよ。特に金のない学生なら尚更だ)
影人は冷静に、いやいっそのこと冷めたように心中でそう呟く。影人の恋愛観は極めてドライだった。




