第211話 イヴ・リターンキャッスル(3)
「っ!?」
影人が化身の――いや、イヴの右手に右手を合わせた。すると、周囲に闇の炎が弾け、それらは一瞬強く燃え上がると、パチパチと音を立てて消えていった。
「名を与えるという事は、その存在を縛るという事。てなわけで、お前は今日から『イヴ・リターンキャッスル』だ。名前の由来は、娘って意味と悪意って意味のダブルミーニングだ。お前にはピッタリの名前だろ? リターンキャッスルっていうのは、俺の苗字『帰城』の英訳だな。帰るって意味は、本来ならゴーホームなんだが、それだと語呂が悪いから、戻る帰るとかの意味のリターンにした。ふふん、どうだ? 我ながら良い名前だと思ってるんだが」
ドヤ顔で名前の意味を解説する影人。イヴはしばし心の中で「俺はイヴ・リターンキャッスル・・・・」と反芻して、影人に悪態をついた。
「けっ、何で和名じゃなく英名なのかは知らんが、センスのねえ名前つけやがって。最悪だぜ。・・・・・・・だが、つけられちまったもんはしょうがねえ。仕方なく受け取ってやるよ。俺はイヴ・リターンキャッスルだ。くくっ、これからよろしく頼めぜ? 影人さんよ」
「おうよ、よろしくなイヴ。――と、その前に」
影人はニコニコとしながら、右手を大きく後方へと引いた。そしてイヴに見えないように拳を握った。
「?」
イヴが「何だ?」といった感じで眉を潜めた。影人はそんなイヴの様子を見て、イヴが完全に油断していることを確認した。
「1発殴らせろ!」
「は? ――ぶっ!?」
そして、影人渾身の右ストレートがイヴの左頬に綺麗にめり込んだ。精神世界の影人の身体能力はスプリガンと同等。そのため、イヴはかなり遠くまで吹っ飛ばされる事になった。
激しい幻痛を左頬に感じ、イヴは地面へと倒れた。
「て、てめえ! 何のつもりだこの野郎!?」
左頬に手を添えながら、イヴは立ち上がりいきなり自分を殴ってきた影人に抗議の声を上げた。すると影人は晴れ晴れとした顔でこう答えた。
「いやースッキリした。ケジメだよケジメ。お前にはぶっちゃけ拷問されたし、他にも色々とフラストレーションが溜まってたからな。だから1発だけは本気で殴ろうと思ってさ。まあ、今の1発で今までの分はチャラにしてやるよ」
「な・・・・・・・・!?」
影人の言い分を聞いたイヴは一応の理解はした。確かにイヴが影人にしたことを考えれば、1発くらい本気で殴られる事はわかる。では、なぜイヴが未だに目を見開いて驚いているのかと言うと、それはタイミングの問題だった。
「てめえ普通いまのタイミングで殴るか!? 殴られるのは理解がいったが、タイミングってもんがあるだろ!? 今までの感動的な雰囲気台無しじゃねえか! この暴力親父が!」
「ふ、そんなもんは知らん。マンガやラノベの主人公ならそもそも殴らんだろうし、殴るにしても今のタイミングでは殴らんだろう。だが、俺は違う。俺はやる時はやる男なんだよ!」
「何でドヤ顔なんだよ!? クッソ、頭に来たぜ! やっぱ俺にも1発殴らせろ!」
「お、ケンカか? いいぜ、初めての親子喧嘩だ! さあ来い娘よ!」
「だから父親面するんじゃねえよクソ親父!」
影人を睨みつけながら怒るイヴに、影人は楽しそうに言葉を返す。
2人の奇妙な親子の殴り合いが始まった。だが、2人の様子はどこか楽しそうだった。




