第210話 イヴ・リターンキャッスル(2)
「子供を消す親はいねえよ。お前は俺の感情から生まれた。俺にはお前を生んだ責任がある。・・・・・だから、お前はいてもいいんだよ。これがお前を消さない理由だ。どうだ満足か?」
後半は自分で言っていてかなり恥ずかしかったのか、影人は少しぶっきらぼうにそう言った。そして撫でていた右手をゆっくりと引っ込めようとした。
だが、化身は俯きながら影人の右手を両手で握った。
「っ・・・・・・・お、おい?」
「何だよそれ・・・・・・俺が、お前の娘? ははっ、バカかよ。・・・・・・・お前は、大バカさ・・・・・・!」
助けた理由も自分を消さなかった理由も聞いた化身は、影人の暖かな手を握り締めながらくしゃくしゃの笑みを浮かべた。相変わらず涙は止まらないし、ひどい顔になっているが、俯いているから影人には顔は見えないだろう。
(こいつは、本当に甘い野郎だ・・・・・)
先ほど影人が自分を助けた理由は、心の折れた自分を好き放題に出来る事と、契約を結ぶためだと言っていた。
だが、それはきっと建て前だ。いや、契約に関しては建て前ではないかもしれないが、自分を好き放題に出来るからというのは建て前。影人の本心はきっと自分が泣きながら尋ねた理由の方だ。
なぜなら自分は知っている。帰城影人という少年の優しさを。
(俺は・・・・・・・・いてもいいんだ)
嬉しかった。自分の存在を肯定してもらえたのが。嬉しかった。頭を撫でられたのが。嬉しかった。娘と言われて。
しばし喜びの感情に浸りながら、化身は影人の手を握り続けた。
「さて、お前もようやく泣き止んだ事だし、そろそろ契約に取り掛かろうぜ。ったく、娘がこんなに泣き虫だとお父さん心配だ」
「おうてめえ、早速父親面すんなよ。気持ち悪くて吐き気がするぜ」
化身たる少女が嫌そうな顔でそう毒づいた。影人はそんな少女を見て、「ふっ、反抗期か」と呟いたのだが、本気で嫌な顔をされたので、もうそう言った事は言わなかった。ほんの少しだけ悲しい影人であった。
「さて、なら契約だ。紙とかはないし、口頭のみの契約にはなるがいいな?」
「けっ、敗者に口なしだ。しゃあねえから契約してやるよ」
化身はガリガリと頭を掻きながら口を尖らせた。そんな化身の様子を影人は「OK」と受け取った。
「では――1つ。甲(化身)は乙(帰城影人)の体を乗っ取ろうとしない事。これは絶対である。――1つ。甲は乙に十全なる力の解放を許可する事。この十全なる力とは、今まで乙が扱えなかった全ての力を指す。以上の契約を破った場合、乙は甲に強制力を発揮する権限がある。甲は以上の契約に同意するなら、右手を前に」
「ちっ、ちゃっかり裏切った場合の対策しやがって。――分かったよ。甲は乙の契約に同意する」
影人の契約内容に、化身は一応の納得を示した。そして影人の言葉通り、化身は右手を前に突き出した。
「甲の同意を乙が確認した。では、乙が甲に名を与える事によって契約は成立したものとする」
「は? 名前? 何だよそれ――」
全くもって不意打ちの言葉に化身は戸惑いの表情を浮かべる。だが、影人はそんな化身の言葉を無視して言葉を続ける。そしてその名前を口にした。
「甲に乙が名を与える。甲の名は――イヴ。イヴ・リターンキャッスル。それが甲の名である」




