第2097話 兄と妹2(4)
「・・・・・・さて、どこから話したもんかな」
影人が少し悩んだ様子で言葉を漏らす。すると、穂乃影がおずおずといった様子で、こう聞いて来た。
「あの・・・・・・あなたは、いつから知ってたの? 私が光導姫だって。それに、あなたは・・・・・・あなたはやっぱり、スプリガン・・・・・・なんだよね?」
「・・・・・・ああ、そうだ。俺がスプリガンだ」
未だに混乱しているのだろう。改めてそんな確認をしてきた穂乃影に、影人はゆっくりと頷いた。
「だよ・・・・・・ね。やっぱり、そうだよね・・・・・・だって、目の前でスプリガンに変身してたし・・・・・・」
穂乃影はその事実を咀嚼し何とか消化しようとする。だが、影人がスプリガンだと認める言葉を聞き、確かな証拠も見たのに、穂乃影はまだ影人があのスプリガンだと思えなかった。
「・・・・・・お前の気持ちは分かるよ。そう簡単には信じられないよな。俺もお前が光導姫だって知った時は信じられなかったよ」
影人は穂乃影の気持ちに理解を示すと、こう言葉を続けた。
「・・・・・・まずはさっきの質問、お前が光導姫だと俺が知ったのはいつか、から答えるか。そうだな。大体去年の夏頃だ。スプリガンとして暗躍する内に、お前のバイトに少し疑念を覚えてな。それで、悪いが1回お前の跡をつけた。そして・・・・・・って感じだ」
「去年の夏・・・・・・それって、確かスプリガンが、あなたが私の前に現れた頃・・・・・・だよね」
穂乃影がスプリガンと初めて接触した時の事を思い出す。影人は穂乃影の言葉に頷いた。
「ああ。・・・・・・あの時は悪かったな穂乃影。お前を怖らがせて。お前がどうして光導姫なんて危険な仕事をしているのか・・・・・・どうしても知りたかったんだ」
「・・・・・・そうだったんだ」
影人の言葉を聞いた穂乃影は納得の言葉を漏らした。そして、穂乃影は思い切った様子で影人の方に顔を向けた。
「・・・・・・教えて。今までの事を全部」
「・・・・・・分かった」
ただ一言、穂乃影は影人にそう言葉を述べる。影人は頷くと、自分がスプリガンになった時から今日に至るまであった出来事を全て穂乃影に話した。言いたくはなかったが、もちろん零無の事も。
「・・・・・・」
影人が全てを話す頃には辺りはすっかり暗くなっていた。影人の話を聞き終えた穂乃影は、しばらくの間口をつぐんだ。その様子は、影人の話を何とか消化しようとしているようだった。
「・・・・・・あなたはずっとそんな大きなものを1人で抱えて来たの?」
5分か10分くらい経った頃だろうか。穂乃影はポツリとそう言った。
「・・・・・・別に1人でって感覚はないんだけどな。今や俺がスプリガンだって知ってる奴は随分と増えた。それに、1人だったら俺は今ここにはいない。俺はいろんな奴に助けられて今ここにいるんだ」
「・・・・・・違う。そんな事を聞いてるんじゃない。あなたは・・・・・・あなたは、影兄は・・・・・・!」
穂乃影はバッと両手で影人の肩を掴んだ。穂乃影はギュと影人の肩を掴みながら、その目に涙を滲ませた。
「何で、何で影兄がそんな目に遭わなきゃいけないの! おかしいよ。おかしいよ! ううっ、ううっ・・・・・・!」
「穂乃影・・・・・・」
穂乃影は泣いていた。影人のために泣いていた。影人は震える穂乃影の体をそっと抱きしめた。
「ありがとな。ありがとな穂乃影。俺のために泣いてくれて。お前は本当に優しい子だな。俺はお前のその気持ちが何よりも嬉しいよ」
「ううっ、違う。違うもん・・・・・・! 誰があなたのためになんか・・・・・・ううっ」
「ははっ、そうか。そりゃ悪かったな」
恥ずかしさからだろう。影人の言葉を否定する穂乃影に、影人は軽く笑った。成長してすっかり大人っぽくなったのに、こういうところはまだ子供っぽいなと影人は思った。
「なあ、穂乃影。お前にはまだまだ俺に言いたい事もあるだろう。聞きたい事もあるだろう。でも、俺もお前に言いたい事があるんだ」
「・・・・・・なに?」
穂乃影が顔を上げ、涙で潤んだ瞳を影人に向ける。影人は優しい笑みを浮かべると、ずっと穂乃影に言いたかった言葉を放った。
「穂乃影、お前がどう思っていようと俺は、帰城影人はお前の兄だ。そして、帰城日奈美はお前の母で、帰城影仁はお前の父だ。血の繋がりはなくても、俺たちは間違いなくお前の家族だ」
「っ・・・・・・」
その言葉は真っ直ぐに穂乃影の中へと突き刺さった。そして、突き刺さった箇所からじわりと何かが滲み出してくる。それは、暖かさや嬉しさや優しさが混じり合ったような心地のよいものだった。穂乃影の目から再び涙が溢れる。
しかし、それは先ほど流した悲しみやどうしもようもなさから来る涙とは違う。嬉しさと感動から来る、いわば感涙だった。影人の言葉は、穂乃影が心の奥底でずっと望んでいた言葉だった。
「うん・・・・・・うん! 私は影兄の妹・・・・・・お母さんとお父さんの娘・・・・・・それで、それでいいんだね。私は家族でいいんだよね・・・・・・!」
「当たり前だ。母さんと父さんもそう言うに決まってるだろ」
泣き笑う穂乃影に影人も笑い返す。影人は立ち上がると、穂乃影に右手を向けた。
「さて、じゃあそろそろ帰るか。俺たちの家に」
「うん・・・・・・」
涙を拭った穂乃影は影人の手を取り立ち上がった。そして、影人と穂乃影は公園を出た。
「すっかり遅くなっちまったな。穂乃影、手寒いだろ。久しぶりに手を繋ごうぜ」
「え、それは嫌・・・・・・」
「え!? な、何でだよ? 今の流れなら手を繋ぐだろ! さっきの感動はどこに行った!?」
「え、そんなものはないけど・・・・・・」
「嘘だろおい!?」
急にいつもと同じ冷めた様子に戻った穂乃影に、影人は信じられないといった顔でそうツッコんだ。
「・・・・・・ふふっ」
「・・・・・・はっ」
穂乃影が小さく笑う。そんな穂乃影を見て影人も口角を上げる。兄と妹は隣に並びながら、自分たちが帰る家に向かって歩き始めた。
そして、そんな2人を月が優しく照らした。




