第209話 イヴ・リターンキャッスル(1)
「俺と契約を結ぶため・・・・・・・・・?」
「ああ、言っとくが拒否は出来ないぞ。お前には俺が決めた契約内容に従ってもらう。もちろん、その契約でお前という存在が消えることはねえよ」
影人の言葉がよほど予想外だったのか、スプリガンの力の化身である少女は、おうむ返しで影人にそう聞いてきた。奈落色の瞳を大きく見開く化身に、影人はそう返し、話を続ける。
「じゃあ、契約内容を言うぞ。――1つ。2度と俺の体を乗っ取ろうとしないこと。これは絶対守れよ。1つ。俺に全ての闇の力を扱えるように協力すること。具体的には、身体能力の常態的強化、回復、無詠唱とかだな。とりあえず俺が今まで出来なかったこと全部だ。お前は闇の力そのものだから、それくらいはできるだろ? 以上が契約の内容だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は? それだけか?」
影人にどんな理不尽な契約を言い渡されるかと覚悟していた化身は、あまりの契約内容の少なさに、またその拍子抜けした内容に開いた口が塞がらなかった。
「? そうだが・・・・・・・? 俺としてはこれでもけっこう欲張ったんだがな。本当なら最初の『体を乗っ取らない事』だけでも契約を結べたら万々歳だったんだが、欲張れそうだったから2つ目も付け加えさせてもらったってところだな。んで、文句はないよな? まあ、あってもこの条件は飲んでもらうが」
一方、影人からしてみれば化身の少女の態度の方が意外だった。影人はもっと反発されると踏んでいたのだが、化身の少女はなぜか驚いているだけだ。
「それは分かってる・・・・・・・・・・・俺が言いたいのは、本当にそれだけでいいのかって事だ。俺は敗者だ。お前が望めばもっとえげつない契約だって――!」
「ああ、それはいいよ。俺からしてみれば、これで十分なんだ。いや、十分以上か。だから、契約内容はその2つだけでいい」
意味が分からないといった感じの化身の言葉に、影人はあっさりとした感じで言葉を返した。化身は首を横に振りながら、「何でだよ・・・・・」と立ち上がり影人に詰め寄った。
「何でお前は俺の存在を残すんだ!? なぜ、俺を消さないっ!? それで全ては丸く収まるだろ!? そして契約をするにしても内容も甘過ぎるッ! 何で、何で何だよ!? 答えろっ! 帰城影人!!」
化身たる少女の慟哭が響く。別に化身は悲しいわけではない。だが、どういったわけか化身の両の目からは涙が溢れる。この涙は先ほどの恐怖による涙とは違う。意味のわからない、感情がごちゃごちゃになった末に出た、そういった涙だ。
「・・・・・・・言った筈だ。お前には2回助けられた。お前にとっちゃ宿主に死なれちゃ困るから、だったかもしれないが、俺にとっちゃそれは明確で大きな借りなんだよ。借りは返さないとな」
制服の襟を緩く掴んで泣いている化身に、影人はほんの少しだけ口角を上げて、そう言った。
そして、影人は右手を上げて、右手を化身の頭に乗せた。
「それに・・・・・・・・・・・・お前は俺の感情から生まれたんだ。例えお前が暗い感情から生まれたとしても、それは変わらない。ちょっと、いやだいぶ気持ちの悪い表現になっちまうかもしれんが、そういった意味では、お前は俺の娘なんだよ」
「っ!?」
恐る恐るといった感じで、影人は右手で化身の頭を撫でた。その少し恥じらいを含んだ優しい言葉に、頭を撫でられるという所作に化身はその目を大きく見開いた。




