第2063話 クリスマス前髪争奪戦3(2)
「流石に店内もクリスマス一色って感じだな」
暖房のよく効いた雑貨店の店内を影人は適当に見渡した。店内はクリスマスグッズが多く、その中でも飾り付けのコーナーが人気のようだった。
「お、これいいな」
何とはなく影人の目に止まったのは、小さなトナカイの置物だった。デフォルメされたまん丸な黒い目が何とも可愛らしい。影人はよく見ようと置物に手を伸ばした。しかし、影人は同じく手を伸ばしていた他の客の手に触れてしまった。
「あ、すいません」
「いや、こちらこそすまない」
影人が手を引き謝罪の言葉を述べると、向こう――つまりは影人が触れてしまった人物――も謝罪の言葉を述べた。何となく聞き覚えのある声だなと思った影人はその人物に顔を向けた。そして、その人物も影人の顔を見た。
「「・・・・・・」」
互いの顔を確認した影人と相手は次の瞬間、ピシリと固まった。そして、数秒間無言で互いを見つめ合った。
「なっ・・・・・・て、『提督』・・・・・・」
「っ、き、帰城影人・・・・・・」
ようやく驚きから立ち直った影人とアイティレがそう言葉を漏らす。アイティレは可愛らしい赤い蝶の髪留めをつけており、もこもこの白い上着を着ていた。
「な、何でお前がここに・・・・・・」
「そ、それはこちらのセリフだ。なぜ、お前がここに・・・・・・いや、それよりもだ!」
アイティレはカッとその赤い目を見開くと、影人の手を両手で握った。急に手を握られた影人は「っ!?」とその顔に恐怖の色を滲ませた。
「せっ、せっかく今日こうして出会えたのだ。ど、どうだろうか。今日は一緒に過ごすというのは? お前は断っていたが、私はどうしても諦めきれないのだ。一応、計画は練ってあるのだ。必ず楽しませると誓う。だから・・・・・・!」
アイティレがズイッと影人に顔を近づけて来る。急にアイティレの推定顔面偏差値80オーバーの顔が近づいてきたので、影人は思わずドキリとしてしまった。
「い、いやその・・・・・・本当に悪いが・・・・・・」
「あと、私の事を『提督』と呼ぶのはやめてほしい! ほ、ほら事情を知らない者が聞けば不審に思うだろう。い、いいか? これは合理的な理由だ。私は合理的な理由から今から提案する! 私の事は、出来ればアイティレと名前で呼んで――」
「すまん俺には無理だッ!」
影人は渾身の力でアイティレの手を振り払った。そして、脱兎の如く店から逃げ出した。
「あ、待て帰城影人!」
アイティレはすぐさま影人を追いかけ店を出た。しかし、既に影人の姿はクリスマスの街の雑踏の中に消えていた。
「くっ、ダメだ。どこにいったか分からない・・・・・・」
影人を見失ったアイティレは残念そうな顔を浮かべた。全力で逃げるほど自分と今日を過ごすのが嫌だったのか。アイティレがショックを隠せないでいると、鞄の中から着信音が聞こえてきた。アイティレはこんな時に誰だと思いながら、電話をかけてきた相手を確認した。
「っ、『芸術家』・・・・・・?」
アイティレに電話を掛けてきたのはロゼだった。アイティレは不思議に思いながらも電話に出た。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・おえっ、だ、だめだ。もう走れねえ・・・・・・」
アイティレから逃げ切った影人は、地面に手と膝をつきながら大きく息を切らしていた。疲れからプルプルと体を震えさせている前髪はその姿勢と相まって、生まれたての子鹿のようだった。道行く人々は、そんな前髪に奇異の視線を送っていた。
(何でピュルセさんから逃げた先で『提督』と出会うんだよ。意味が分からん。どんな天文学的確率だ・・・・・・)
影人は体力の回復も兼ねてしばらくの間地面に手と膝をつきつづけながら、己の不運を呪いに呪った。
「クソッ、なんかもう逆に運がいい気がするぜ。宝くじでも買おうかな・・・・・・」
ようやく最低限の体力が回復した影人がヨロヨロと立ち上がる。影人はロゼやアイティレが追ってきていないか注意を払いながら、宝くじ売り場、ではなく大通りから1本外れた小道に足を踏み入れた。
「木の葉を森の中にイン作戦は失敗か・・・・・・もういっそ普通に静かな場所に隠れるか・・・・・・」
影人は小道を抜けた。相変わらず寒いし腹は減ったままだ。しかし、飯を食べようと思えばまた鬼(今日影人を追っている者たち)に会うかもしれないし、暖を取ろうとしてもまた鬼に会うかもしれない。今日の影人の運勢なら十分にあり得る。影人は泣く泣く空腹感と寒さに耐えた。




