第2061話 クリスマス前髪争奪戦2(4)
「あ! 待て! 今日は絶対逃がさないよ影くん!」
逃げる影人をソニアは追い始めた。本気で逃げる影人に本気で追いかけるソニア。クリスマス、なんの変哲もない住宅街で唐突に鬼ごっこが始まった。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・クソッ、しつこいぞ金髪! いい加減に諦めろ!」
約10分後。影人は追って来るソニアに諦めの言葉を投げかけた。ソニアは現在影人と15メートルほど離れた場所にいる。すぐには捕えられない距離だが、捕まる可能性がない距離ではない。
「はあ、はあ・・・・・・言ったでしょ! 絶対に諦めないよ! 影くんこそいい加減に諦めて私とデートして!」
「だからしないって言ってんだろ!」
ソニアと影人がそんなやり取りを交わす。クリスマスだというのに、住宅街で逃走劇を繰り広げている男女を見た人々は驚いたような、もしくは訝しげな顔を浮かべていた。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・よ、よし取り敢えず金髪は撒いたな・・・・・・」
更に約30分後。影人は大通り近くの小さな路地にいた。肩で息をしながら影人はそう呟く。危なかった。影人がこの辺りの路地の構造をよく知っていなければ、ソニアを振り切る事は出来なかった。影人の体力も限界だったので、このタイミングで撒けなければ、影人は間違いなく捕まっていた。
「ふぅ・・・・・・だいぶ体力が戻って来たな。さて、これからどうするか」
影人はスマホを取り出すと現在の時刻を確認した。現在の時刻は午前11時を少し回ったところ。大体1時間ほどソニアと逃走劇を繰り広げていた感じだ。
「今日が終わるまで後13時間か・・・・・・それまで逃げ切れる気がしねえな。だが、逃げないと地獄だし・・・・・・気合い入れるしかねえよな」
影人はスマホを鞄の中に仕舞うと、パンっと両頬を手で叩いた。今まで気合いでどうにかしてきた。ならば、今回も気合いで乗り切れるはずだ。
「取り敢えず、ここまで来たら1回大通りに行くか。木の葉を隠すなら何とやらだ」
影人はソニアに警戒しながらも大通りを目指した。
「・・・・・・流石はクリスマスだな。凄い人の数だ」
影人が大通りに出ると明らかにいつもより人の数が多かった。歩道は人でぎゅうぎゅうで、店は軒並みクリスマスの飾り付けがなされている。ザ・クリスマスムードといった感じだ。
「しかし・・・・・・明らかにカップルの数が多いな。皆さんお熱いこって・・・・・・全く、ああはなりたくないぜ」
自然と視界に恋人たちの姿が入って来るため、影人はうんざりとした顔を浮かべた。よくもまああれだけ人前でイチャイチャと出来るものだ。恥はないのだろうか。
「俺は孤高の逃亡者。聖夜を1人で歩く者になってみせるぜ・・・・・・」
改めて今日を1人で過ごすという決意を固めた真性バカ前髪は適当に通りを散策した。本屋で少し時間を潰した影人は腹の減りを感じた。
「ん、もう12時か。金髪も撒いてからしばらく時間も経ったし、昼飯くらい食っても大丈夫だろ」
本屋の時計で時間を確認した影人は本屋を出た。ちなみに、なぜスマホで時間を確認しなかったのかというと、スマホの電源を切っているからだ。ソニアを撒いた後、ソニアが引っ切りなしに電話を掛けてきたので、うんざりとした影人はスマホの電源を落としていた。
「寒い・・・・・・こんな寒い日にはラーメンが食いたくなるな。よし、昼飯はラーメンにしよう」
影人はそう決めると大通りにあるラーメン屋に向かって歩き始めた。クリスマスに野郎1人でラーメン。このシチュエーションもいい。いかにも孤独者のクリスマスだ。
「――いやー寒い! 寒い日はやっぱりラーメンだよね!」
「クリスマスに女子がラーメンってどうなのよ。まあ別にいいけど」
「ラーメンは汁物ですからね。2人とも、汁が服に飛ばないように気をつけてください」
影人がラーメン屋まであと少しといった距離まで来ると、そんな声が聞こえた。声はラーメン屋の前から聞こえ、そこには3人の女性の姿があった。1人はいかにも活発そうな少女、もう1人は見た目がクールな少女、そして最後の1人はプラチナホワイトの髪色が特徴の人形のように精緻な造形の少女だった。
「・・・・・・」
その3人の少女をよく知っていた影人は、無言でスッと回れ右をした。自分は何も見なかった。影人は己にそう言い聞かせた。
「クソッ、何であいつらが・・・・・・いや、大丈夫だ落ち着け。あいつらにはバレてないし、あいつらは鬼じゃない。・・・・・・よし、取り敢えず昼飯はハンバーガーに変更だ」
影人は某有名ファストフード店に向かった。少しすると、ファストフード店が影人の視界内に映った。影人が空腹感から歩を速める。店前に到着した影人が店内に入ろうとした時だった。
「っ!?」
「――ん?」
影人は店前である人物と出会した。その人物を見た影人はあまりの驚きから固まった。そして、その人物も影人に気がついた。
その人物はロングヘアーで、水色に一部分が白色という髪の色が特徴の女性だった。目の色は薄い青の美女だ。大人っぽい紺色のコートにジーパンという服装は、その女性の美しさをよりシャープなものにしていた。
「おやおや・・・・・・少し休憩をして君と会う方法を考えようと思っていたのだが・・・・・・まさか、こんな所で君と出会えるとはね。うん。これは一種の運命だと言わざるを得ないね」
その女性は影人に気がつくと、ニコニコとした顔で影人にそう言った。影人は震える声で彼女の名を呟いた。
「ピュ、ピュルセさん・・・・・・」
ロゼ・ピュルセ。彼女もソニアと同じく今日影人を追う者の1人だった。
――クリスマス、帰城影人に安らぐ時間など訪れはしない。




