第206話 謎の影と答え合わせ(4)
『さて、どうしてくれようか。ここにいる吾はあくまで影。あの子の記憶の中の残滓。だが、もう心の折れているお前のような弱きモノなら、どうとでもなるか』
ゆっくりと、ゆっくりと影は悪意との距離を詰めてくる。恐怖が自分に近づいてくるにつれ、気がおかしくなりそうだ。だが、それでも悪意の体はピクリとも動かない。
そして遂に影と悪意の距離は限りなく近づいた。影が変わらずゆっくりとした所作で、右手を伸ばす。
影の右手が悪意の体に触れようとしたその時、
突然、1本の鎖が、悪意と影の間に割って入った。
「!?」
『ん? これは――』
「――鎖を掴めッ! 悪意!」
この急な事態で、悪意の金縛りが解けた。悪意は反射的にその声がした方向に振り向く。すると、鳥居の前に鎖を持った少年が、帰城影人が焦ったような表情でそう叫んでいた。
「き、帰城影人? な、なんで・・・・・」
「どうでもいいだろ! 今それは! さっさと鎖を掴めって言ってんだよ!」
「っ・・・・・・・・!」
鬼気迫る影人の言葉を受けて、悪意は目の前の鎖を掴んだ。
「離すなよッ!」
影人が鎖を力の限り引っ張る。精神世界の影人の仮初の肉体は、スプリガンの身体スペックと同等。ゆえに鎖を掴んだ悪意をこちらに手繰り寄せることは訳のないことだった。
「おらっ!」
掛け声1つ、影人がそう叫ぶ。凄まじい膂力で引かれた鎖と悪意は綺麗に宙に舞い、やがては影人の元へと戻って来る。
「ちっ、世話の焼ける野郎だ!」
影人は悪態をつきながらも、悪意を片方の腕でしっかりと受け止めた。
「っ・・・・・・・・・」
影人の腕に抱かれた悪意の顔に羞恥の色が走る。悪意からしてみれば、自分は影人の忠告を無視してこの中へと足を踏み入れた愚か者だ。そして、自分より下の存在と卑下していた者に悪意は助け出された。これが恥ではなくて何と言うのか。
だが、それ以上に悪意は安心した。仮初の体同士ではあるが、影人の体からは確かな暖かさが感じられたからだ。その暖かさが悪意の恐怖を徐々に溶かしていった。
『ふふっ、随分と大きくなった。久しぶりだな、影人。ところで、なぜ顔を髪で隠しているんだい? ああ、残念だ。お前の顔は可愛らしいのに』
「・・・・・・・・・・黙れよ。お前と話すことなんて何もない。影を残してまで、俺に固執するストーカー野郎と話すことなんてな」
参道の真ん中にただずんだ影が、笑いながらそう言った。そんな影の言葉に、鳥居の前で悪意を抱えた影人は心の底から不愉快そうにそう吐き捨てた。
『おやおや、これはかなり嫌われてしまったな。酷いじゃないか影人。お前は吾に謝罪の言葉はあれども、罵倒の言葉を放つのは道理に合わないよ』
「はっ、ふざけやがれ。俺はもう2度とここには来ないし、お前と会う事もない。ここはまた封印するさ。・・・・・・・・・・あばよ、てめえとはこれでお別れだ」
『では、吾はこう答えよう。また会おう影人。吾の愛しき玩具よ』
「っ・・・・・・・・!」
影人はニタリと笑う影を、仮初の前髪の下から睨み、鳥居の中の歪んだ空間へと逃げ去った。
(最悪の気分だぜ・・・・・・・・・・)
悪意を抱えて走っている間、影人の心中は暗い感情全てをごちゃ混ぜにしたような、鬱屈としたものになっていた。




