第205話 謎の影と答え合わせ(3)
ゆっくりとその顔を回し、影は悪意の方へとその顔を向けた。悪意はまだ視線を逸せないし、動くことも出来ない。
果たして、それを顔と呼んでもいいのだろうか。影の顔を正面から見た悪意は、心のどこかでそんなことを思った。
影の顔と思われる部分には白い3つの穴がポッカリと空いていた。その場所から察するに、おそらく両目と口だ。悪意の姿を見た時は、驚きからか口も穴の形をしていたが、徐々にその口と両目の形が変わっていった。
両目の形が変わっていき、口が綺麗な三日月を描く。その部分だけを見るなら、まるで白い三日月が浮かんでいるかのようだ。
影は笑っていた。目でも、口でも。悪意の姿を見て笑っていた。
「あ・・・・・ああ・・・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その笑みを見た瞬間、悪意は恐怖から絶叫していた。いつの間にか仮初の体からは、悪意の感情が処理しきれず涙が溢れている。
怖い。怖い。怖い。どうしようもなく、悪意にはあの影が怖かった。今になってようやく影人の言葉が理解できた。影人は決して嘘を言っているのではなかったのだ。
なぜだか分かる。あれは次元の違う存在だ。レイゼロールなどが放つプレッシャーとは全く持って比べ物にならない。悪意やレイゼロール、神であるソレイユすら、この影よりは下の存在だろう。
そしてこの瞬間、悪意は恐怖に屈服した。
『喚くな、黙れ』
「ひっ・・・・・・・・・」
影が喋った。それは女の声だった。
そのたった一言で、悪意の悲鳴は止まった。いや、止まらされた。もはや、仮初の体と悪意の意志は、謎の影に絶対服従であった。
怯えた目と震える体で悪意は影の反応を待った。すると影は再び言葉を発した。
『ふむ、実に不思議だ。ここはあの子の心の中。もし、ここに来るのであれば、それはあの子を置いて他にいないはずだがな』
影は首を傾げてジッと悪意を見つめている。確か、影人の知識の中にこのような言葉があった。「蛇に睨まれた蛙」今の悪意はまさにその蛙の立場だ。
『見たところ、お前は人間ではないな。なるほど、お前は力が意志を得た存在か。これはまた珍しい。ふふっ、お前のような存在と関わるとは、現在のあの子がどんな風になっているのか気になるな』
(何で、わかって・・・・・・)
一目で悪意の正体を見破った影。「黙れ」と影に言われて、一言も言葉を発せない悪意は内心驚いていた。
『――だが、お前ごときただの力の塊がここに入ってきたのは不愉快だな』
「っ!?」
影は突如としてその声音を変えると、ゆっくりと石の上から立ち上がり、悪意の方へと歩を進めてきた。
『ここは吾とあの子の記憶の中。吾以外にここに足を踏み入れていいのは、あの子だけだ』
先ほどから影が言っている「あの子」というのは、間違いなく影人のことだ。だが、そんな気づきは今はどうでもいい。
「あ・・・・・・あ・・・・・ひっ」
壊れた人形のような単語が悪意の口から漏れる。だがその声は先ほどの絶叫とは違い、掠れたような声だ。影の「喚くな、黙れ」という言葉に悪意の恐怖の本能が全力で逆らった結果が、この掠れた声だった。




