第203話 謎の影と答え合わせ(1)
「は・・・・・・? なんだそりゃ・・・・・・・・・」
突如として様子を変えた影人に、悪意は訝しげにその表情を歪ませた。影人の言っていることは、指示代名詞が多すぎて意味不明だった。
「このドアの色が赤いのは、俺の心理的に『危険』だからだ・・・・・・俺はこのドアの取っ手に触れるまでその事に気がつかなかった。情けねえ、自分の事だってのにな」
影人は本当に悔しそうにそう呟いた。そして、嘘偽りのない本気の言葉を悪意へと伝える。
「もう1度言う。この中に入るのだけはやめておけ。ロクな目に合わないぜ・・・・・・・・!」
悪意はいま現在は明確な自分の敵だ。そんな敵に助言を送る事などは、普段の影人なら絶対にしない。影人は、漫画のような騎士道精神に満ちた主人公などではない。自分は敵に有利な情報を与えるやつは、バカか自惚れ野郎か、よほどのお人好しだと思っている人間だ。そして自分は決してそのような人物でないと言い切れる。
だが、そんな影人が敵である悪意にこのように助言している。恐らく、中に入れば悪意の意志は恐怖から屈服する。そうなれば、影人が勝利する事になる。それが分かっていても、影人は悪意に忠告をせずにはいられなかった。あの恐怖を知っているのは自分だけでいい。柄にもなく、この時の影人は本気でそう思っていた。
「――はあー。正直に言えば、ガッカリだぜ。お前はもうちっと賢い人間だと思ってたんだけどな。そんな分かりやすい嘘をつくなんて、程度が知れてるぜ」
だが、悪意はそんな影人の言葉を分かりやすい嘘だと解釈した。あのドアの向こうには、自分の予想通り影人の心を折る何かがある。この土壇場でそれが分かったから、影人は嘘を言って悪意をドアの向こうに行かせたくないのだと悪意は考えた。
「っ・・・・・! お前の気持ちはわかる。俺だってお前の立場なら、敵が苦し紛れの嘘をついてるって思うだろう。だが、信じてくれッ! これは嘘じゃ――」
「しつこい」
悪意はつまらなさそうにそう呟くと、いつの間にか影人のすぐ近くに移動して、影人を真横へと蹴り飛ばした。
「がっ・・・・・・!?」
左脇腹に激しい幻痛が襲う。そしてそのまま影人は吹き飛ばされ、黒色の空間と同化した見えない地面に倒れた。
「はっ、雑魚にはお似合いの姿だな。しばらくそのまま地面を這いずってろ。俺が戻って来た時が、お前という意識の最後だ」
嘲りの目で悪意は影人を見下した。そして悪意は躊躇なく赤いドアの取っ手を握り、そのドアを開けドアの向こうへと姿を消した。
「・・・・・・・・・・・馬鹿が。忠告はしたぞ・・・・・!」
悪意の消えた自分の精神世界の奥底で、影人は全てを諦めたようにそう呟いた。




