第201話 触れてはならぬモノ(4)
「じゃあ何で折れねえんだよ・・・・・・・てめえの意志の強さはどうなってるんだ?」
悪意のその言葉は、帰城影人という人間に対しての疑問の1つだった。いま自分の前にいる、仮初の肉体を鎖で縛られたこの少年は、なぜこれ程までに意志が強いのか。
「・・・・・・・・別に俺の意志は強くねえよ。ただ、あの痛みは幻痛だってのは最初から分かってたからな。なら、それが架空の痛みだと俺自身に言い聞かせてやればいいだけだ」
「それがイカれてるっ言ってんだよ。普通なら分かってても発狂するか、心が折れる。だっつうのにこの調子だもんな・・・・・・・・はぁ、こっちの調子が狂うぜ」
当の本人はどこかズレたようにそう言った。悪意はそんな影人がはっきり言って、気味が悪いと感じた。
「・・・・・・・・で、どうする気だ。自分で言うのも何だが、俺はたぶん折れないぞ。つまりは、何も起きない膠着状態が続くってわけだ。ずっとそんなのはお前も嫌だろ? だから妥協してくれよ」
悪意に影人はそう提案した。別に影人としては悪意が今後、自分の意識に干渉して来なければそれでいいのだ。まあ、欲を言えば影人にも望みは1つだけあるのだが、最優先事項は変わらない。
「嫌だね。俺は自分の欲望に素直なんだ。――ああ、そうだ。せっかくお前がいるんだから、あの領域に入れるじゃねえか。ちょうど良い、あそこにお前の心を折る何かがあるかもしれねえ」
「あの領域・・・・・・・・・・?」
悪意がいったい何を言っているのか、影人には理解出来なかった。悪意の言う「あの領域」とは何のことなのか。
「なんだ? その様子だと全く知らねえって感じだな。まあ、自分の精神世界なんざ普通は来ないからな。そう言う事もあるか。くくっ、いいな。つーことは、あそこは無意識的に閉じられてるって感じか。俄然なんかありそうだ」
悪意は影人の反応を見て1人でに納得している。影人が変わらずに頭の上に疑問符を浮かべる中、悪意は右手を広場の床へと向けた。
「帰城影人。今から俺たちが行くのは、お前の精神世界の1番奥底だ。俺はお前の精神世界でお前について、お前の知識についてあらかた触れてきた。だが、今から行く場所だけは俺も入れなかった」
悪意は周囲に広がる建物たちにその奈落色の瞳を向けた。悪意は自我を得てから、この精神世界で帰城影人という人間について触れた。それは影人の記憶であったり、体験であったり、知識といったものだ。そして悪意はあるとき、影人の最も深い精神世界へと訪れた。だが、その場所のある場所に悪意は入る事が出来なかった。それこそが、悪意が「あの領域」と呼ぶ場所だ。
「たぶんあそこに俺が入るにはお前の許可がいる。何せお前の精神世界だからな。お前にはその権限があるはずだ」
悪意の手をかざした床に、悪意がここにやって来た時と同じ昏い穴が出現した。悪意は影人を拘束している鎖を持つと、躊躇なくその穴に飛び込んだ。
「分かったら、さあ行くぜ!」
「っ・・・・・・・・・! おいッ!?」
必然、影人も悪意と共にその穴へと落ちていった。影人からしてみれば、何が何だか分からぬまま、影人は己の最も深い精神世界へと足を運ぶことになった。




