第200話 触れてはならぬモノ(3)
スプリガン時であるため、影人の顔はある程度露出している。先ほども思ったが、影人の顔は本当に綺麗だし、整っている。
「・・・・・・・・考えてみれば、私はあなたの名前しか知りませんね。他に知っている事といえば、あなたが陽華と明夜と同じ学校に通っている同級生という事くらいですし」
気がつけば、ソレイユはそんな言葉を呟いていた。そう。ソレイユが帰城影人という少年の事について知っているのは、実はそれくらいしかない。
だが、それはソレイユの管轄の光導姫たちにも言えることだ。ソレイユは昔から自分で決めたルールとして、人間のプライベートには出来るだけ干渉しないし、必要に個人情報を聞き出さない。そしてそれは今でも変わらない。
そのためソレイユには現在も何人か、名字や名前の知らない光導姫がいる。その少女たちは、個人情報をあまり話したがらない人物たちだ。
だが、ソレイユはその事を気にしてはいない。ただでさえ、ソレイユは少女たちに力を貸してもらっている立場だ。光導姫としての力を少女たちに与えているのはソレイユだが、そもそも戦う決意をしてくれているのは少女たちだ。自分が彼女たちの事について情報を聞き出そうなどとは烏滸がましいにも程があるだろう。
「・・・・・・・・・あなたも例外ではありますが、それは変わらないはずなんですがね。でも、私は・・・・・・あなたの事を知りたいと思ってしまっている」
上から覗き込むように、目を閉じている影人を見つめながら、ソレイユの思いが溢れた。初めて影人を見た時に感じた。影人はあの人と驚くほどにその姿が似ている。まだ自分の姿が幼かった頃に出会ったあの人と――
だからだろうか。ソレイユは影人の前では、どうしても素が出てしまうし、影人のことをもっと知りたいと思ってしまっている。
いや、きっとそれだけではない。ソレイユはいつの間にか、この少年といる事が楽しくなっていたのだ。
「・・・・・・・・ちゃんと帰ってきてくださいね、影人」
影人の髪に触れながら、ソレイユは優しくそう呟いた。
「――おいおい、何で折れねえんだよ。まさかてめえ、痛みを感じねえのか?」
「・・・・・・アホか。感じてるに決まってんだろ。バカスカ斬ったり撃ったりしやがって。おかげで痛みで気が狂うかと思ったぜ」
悪意のどこか呆れたような問いかけに、影人は不機嫌そうに答えた。
結局、仮初の体同士の戦いは悪意が勝利した。まあ、それも当然だ。悪意は闇の力を十全に使えたのに対し、影人は身体能力だけ。勝負は最初から目に見えている。
だが、精神世界での戦いは意志が屈服しない限り、真に負けることはない。悪意もそれは分かっていたので、まず悪意は影人の仮初の肉体を鎖で拘束した。そしてそこからが地獄だった。
悪意は影人の意志を折るために、痛みを与える方法を取った。この世界は精神世界なので、痛みは幻痛ではあるが、感じる仕組みになっていたのだ。
悪意は残忍な笑みを浮かべ、様々な方法で影人に痛みを与えてきた。その方法は、斬ったり撃ったり、時には仮初の肉体を半分消し飛ばしたりと様々だ。そして仮初の肉体が負傷すると、その度に悪意が闇の力で肉体を修復していった。後はそれの繰り返し。控え目に言っても地獄であった。
しかし、普通の人間であるなら心が折れているであろうこの状況でも、影人の意志は決して折れなかった。ゆえに、悪意は呆れたように影人にそう言ったのだ。




