第1993話 前髪野郎と光の女神1(4)
「ほら、あれがさっき言ってた小川だ。まあ、川って言えるか怪しいがな」
「確かにかなり細いですね。でも、綺麗です。水の流れる音も涼やかで・・・・・・ふふっ、思い出しますね。あなたと出会った時の事を。あなたと出会ったのも、森の中の川の近くでした」
「・・・・・・そうだったな」
影人も過去の世界でソレイユと出会った事を思い出す。あの時はレイゼロールに頼まれ食料を調達していた。そして、影人はレイゼロールに会うべく地上に降りてきていたソレイユとラルバに出会ったのだ。
「よく覚えてるぜ。なんせ、いきなり殴りかかって来たんだからな。忘れるわけねえ」
「うっ・・・・・・あ、あの時は仕方なかったんですよ。レールの事で頭がいっぱいでしたから。あなたがレールを迫害する人間だと思って・・・・・・というか、明らかに不審者でしたし」
「不審者だったら殴りかかってもいいって事にはならねえぞ。まあ、俺は断じて不審者じゃねえがな」
「あなたの自分に対する認識の精度の悪さは置いておきますが、あの時代は不審者だったら殺されていましたよ。あなたの考えは、あくまで現代の倫理観によっているものです」
「確かにそういう時代背景もあったかもだが、てめえの間違いを正当化しようとしてんじゃねえよ。あと、発言がババアそのものだぞ。言葉から加齢臭がするぜ」
「なっ・・・・・・だ、誰が加齢臭くさいよこのバカ前髪! 歴史と知を感じさせる言葉こそすれ、加齢臭なんて言葉には絶対結びつかないわ! 今のは完全にライン超えよ! バカだバカだとは思ってたけど、ここまでバカなんて! 不敬よ! 死ね前髪!」
怒髪、天を衝く。ソレイユは今までにないほどの怒りを露わにした。当然である。前髪野郎の言葉はそれほどまでに酷かった。
「ちょ、ガチの肩パンをするなよ! 大人げねえぞ!?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい! 本当バカッ! せっかく今まで楽しかったのに!」
「悪かった悪かったって! だから肩パンをやめろ! マジで痛いんだよ!」
影人がソレイユに謝罪する。それから数分後、そこには左肩を押さえて「ぐぉぉぉぉ・・・・・・」と呻く影人の姿と、そっぽを向くソレイユの姿があった。
「ふん!」
ソレイユがツカツカと先を歩く。影人は左肩を押さえながら、ゾンビのようにソレイユの後に続いた。
「あら、凄い別嬪さん。外国の人かしら」
「ひょー、女神さまみたいに綺麗じゃの」
すると、すれ違った老夫婦がソレイユを見てそんな感想を述べた。その感想を聞いたソレイユの耳がピクリと動く。
「うわ超美人さんね・・・・・・」
「後ろの人は彼氏かしら? なんか凄く前髪長いけど・・・・・・」
「さあ・・・・・・でも、彼氏だとしたらあの前髪の子、もの凄くラッキーね。言っちゃ悪いかもだけど、釣り合わないもの」
次にすれ違った主婦3人組と思われる中年女性たちもそんな感想を漏らした。再びソレイユの耳がピクピクと動く。
「・・・・・・ふふふふふっ、聞きましたか? 聞きましたか影人? そう。そうなのです。本来、私に対する印象というのは、いま人間たちが漏らしたような感想が正しいのです。なにせ、私は女神ですからね」
「あー、はいはい。そうですか。そうですね。ソレイユ様はオキレイダー」
一転、上機嫌になったソレイユがドヤ顔気味の顔を浮かべる。ここは認めておかないと、本当に面倒になると悟った影人は、ソレイユの言葉に同意するフリをした。
「そうでしょう。そうでしょう。あなたはもっと私とデートをしている幸せを噛み締めるべきです。それはそれは、泣いて喜ぶほどに」
(め、面倒くせー・・・・・・)
上機嫌になり過ぎてすっかり天狗になったソレイユに対し、影人は心の中でそう呟いた。というか、いつからデートになったのだ。影人には皆目分からなかった。
「それで影人。何かいいアイデアは浮かんだのですか?」
「あー、それなんだがよ。お前室内遊戯も好きって言ってただろ。ちょうど、外と中どっちも遊べる施設があるんだよ。ラウ◯ドワンって言ってだな。まあ、入場料はそれなりにするが、俺の今までのお年玉貯金を使えば・・・・・・」
ソレイユからそう尋ねられた影人が、学生に馴染みの施設の名前を出す。すると、そんな時――
「――あら? 影人にソレイユじゃない」
前方から聞き覚えのある声がした。影人とソレイユが声のした方に顔を向ける。
そこにいたのは、豪奢なゴシック服を着た人形のように精緻で美しい少女だった。少女は美しいブロンドの髪をツインテールに緩く結っていた。
「こんにちは。こんな所で会うなんて奇遇ね」
そして、その少女、シェルディアは笑みを浮かべると、軽くそのツインテールを揺らしながら、影人とソレイユにそう挨拶をしてきた。




