第1930話 父の帰還(5)
「・・・・・・」
午後5時過ぎ。学校を終えた影人は適当に近くをふらつくと、進路を家に向けた。
『あー、つまんねえな。最近全然戦ってねえぜ。おい影人、暇だからシェルディアの奴に喧嘩吹っかけて殺し合いしようぜ』
影人が何も考えずのんびりと歩いていると、影人の中に女の声が響いた。スプリガンの力の化身、イヴだ。イヴは退屈そうな声で突然そんな提案をしてきた。
「アホな事を言うなよイヴ。俺はもう2度と嬢ちゃんと殺し合いなんてしたくねえんだよ。普通に怖過ぎるからな」
『なにシケた事言ってんだよ。つまんねえ奴だな。じゃあ、レイゼロールとか他の奴でもいいぜ。とにかく、このままじゃ退屈でどうにかなりそうだ』
「そんなこと言っても仕方ねえだろ。俺が・・・・・・スプリガンが出張るような相手は中々出てこないんだからよ」
影人は言い聞かせるようにイヴにそう言った。そう。フェルフィズとの戦いが終わっても、影人は神力をソレイユに返していない。ズボンの右のポケットに黒い宝石がついたペンデュラムが入っている事からも分かるように、影人はまだスプリガンのままだ。
そして、それは他の者たちに対しても言える事で、今日昼休みに会った陽華や明夜、暁理や光司も未だに光導姫と守護者のままだった。昼休みに陽華、明夜、暁理、光司が急にどこかに走って行ったのは、光導姫と守護者の仕事があったからだ。
『ちっ、せっかくまだ境界が不安定で向こう側の世界からの奴らがこの世界に迷い込むならよ、もっと活きが良くて強い奴が来て欲しいぜ。光導姫と守護者じゃどうにもならない奴がな』
「俺はそんな奴は勘弁願いたいね。だがまあ、シトュウさんの話だと、あと数年はこういう状況・・・・・・向こう側の奴らがこっちの世界に迷い込む状況が続くらしいからな。裏世界の凶暴で強い奴がこっちに迷い込まないっていう保証はないんだよな・・・・・・」
平和にはなったがまだまだ面倒事はある。影人は軽くため息を吐いた。
「・・・・・・ん?」
いつの間にか自分の家のあるマンションの前にまで帰って来ていた影人は、マンションの前に見慣れぬ男がいるのに気がついた。
「ええと、住所はここであってるよな? いやー、ここまで来るの大変だったな・・・・・・でも、親切な人たちのおかげで助かった。本当、俺は人に恵まれてるぜ」
男は7月だというのに、ボロい砂漠色のマントを纏っていた。黒髪はボサボサで無精髭も酷い。こういってはなんだが、男はいかにも不審者に見えた。
「っ・・・・・・」
だが、影人はその男の事をよく知っていた。その男は影人がずっと待ち侘びていた男だ。影人は無意識に震えた声を漏らした
「父さん・・・・・・」
「ん?」
影人の声が聞こえたのか、その男――帰城影仁が振り返る。影仁は影人の姿を見ると、パッと明るい顔になった。
「あ、影人か! ごめんな戻って来るのが遅くなって。今帰って来たぜ」
そして、影仁は満面の笑みを浮かべ、自身の帰還を息子に告げたのだった。




