第193話 対面(1)
「・・・・・・・・・・・ん? ここは――」
気がつくと、影人は夜の闇に包まれた世界にいた。
頭上に輝くは美しき三日月。周囲にはマンションが一棟、それに見慣れない図書館のような建物。小学校、中学校、そして現在影人の通っている風洛高校のような建物、あと2階建ての一軒家が、ぐるりと影人を囲むようにそびえたっていた。
「これは・・・・・・この建物は」
図書館を除いた全ての建物を影人は知っていた。マンションはいま自分が住んでいるマンション、小学校、中学校は今まで自分が通っていた学校だ。風洛高校は言わずもがな。そして、昔自分が、自分たち家族が住んでいた2階建ての一軒家。これらの建物は全て今までの影人を形成してきた重要な場所だった。
「・・・・・・・・・なるほどな。ここが俺の精神世界ってわけか」
それらの建物を見てようやく理解がいった影人はポツリとそう呟いた。
今、影人が立っている場所は広場のような場所だ。後ろから何かが流れるような音がするので振り返ってみると、そこには噴水があった。よくよく見てみると、まるで公園のようにベンチが何台か噴水の周囲に設置されていた。そしてこの広場を完璧な円として覆うように、それぞれの建物は設置されていた。
「服装は・・・・・・・・さすがにいつもの俺だな」
ベンチに腰掛けて影人は自分の服装を見直した。そもそも、ここは精神世界なので体という概念はないはずだが、現に影人には体があった。まあ、夢のようなものと理解するしかない。
今の影人は風洛高校の制服に身を包み、前髪の長さもいつも通り顔の半分ほどを覆っていた。つまり普段の影人だ。
この精神世界に潜るまえ影人はスプリガンに変身していたので、もしやスプリガン時の姿なのではと思ったのだが、そうはならなかったようだ。恐らく、ここでは自分の真実の姿が投影されるのだろう。
(だが、まあ変身してここに来たから、精神は繋がってるはずだ。じゃなきゃ、俺がここに来た意味がないからな)
内心そのようなことを思いながら――精神世界で内心というのも変だが――影人は周囲を見渡した。当然といえば当然だが、ここには自分以外誰もいない。
だが、影人は確信していた。この空間には、必ずいるはずなのだ。自分以外の誰かが。自分に干渉してきたある意志が。
「――どこに隠れてるのかは知らねえが、いるんだろ? いるなら姿を見せてくれよ。お互い、ちゃんと対面しあって腹ァ割って話そうぜ!!」
大声で、それこそ半ば叫ぶように影人はそう言葉を紡いだ。しばらく影人の声が少し響いたが、それが収まると圧倒的な静寂だけが再びこの場を支配した。
「・・・・・・・・・・・・」
影人はしばらく待った。だが、静寂に変化は訪れない。影人の言葉は己の精神世界に虚しく響いただけだった。
そう思われた時、影人から少し離れた場所に昏い昏い穴のようなものが突如として出現した。そしてその穴の中から1人の少女が姿を現した。
見たところ、十代前半くらいの見た目の少女だ。黒いボロ切れのような服を纏ったその少女の身長は、140と少し程だろうか。紫がかった色の黒い髪は、数少ない影人の友人の暁理と同じくらいの長さだ。
そして、その謎の少女の顔。それは本来なら美少女と言われるほどに整っているであろう顔なのだろう。だが、ベンチに座っている影人を睨み付けているため、その顔は中々に凄まじい事になってしまっていた。




