第1916話 転校生 イズ1(1)
「・・・・・・暑い」
午前8時10分。玄関のドアを開けて外に出た影人はマンションの廊下に降り注ぐ朝日に、前髪の下の目を細めそう呟いた。7月に入り梅雨もまだ明けてはいない。今日は梅雨の時期には珍しい快晴だが、ムッとした空気が不快げに肌にまとわりつく。
影人がそんな事を思っていると、ガチャリと隣の部屋のドアが開いた。
「・・・・・・」
出て来たのは隣の部屋の主であるシェルディアでもなく、同居人であるキベリアでもなかった。廊下に現れたのは、光沢感のあるプラチナホワイトの髪に、周囲が水色で中心が赤色という目が特徴的な少女――正確には少女の見た目をしているモノだが――だった。その少女は、影人と同じ風洛高校の夏服を纏っていた。
「げっ・・・・・・」
その少女の姿を見た影人は反射的に嫌そうな声を漏らした。少女はチラリと影人の方に目を向けた。
「朝から失礼極まりないですね、帰城影人。そう言いたいのは、朝からあなたの陰気極まりない顔を見せられた私の方です」
「誰の顔が陰気極まりないだ。ったく、親に似て口が悪い奴だぜ・・・・・・」
影人は少し呆れたように息を吐いた。その少女――イズは合鍵でドアを施錠し鍵を手持ちの鞄に入れ、再び影人に目を向けた。
「製作者との共通点は私にとっては喜ぶべきものです。褒め言葉として受け取っておきます」
イズはそう言うと、スタスタとマンションの廊下を歩き始めた。影人はイズの5歩ほど後ろから歩き始めた。
「・・・・・・なぜ私の後ろに着くのですか」
「何でお前の隣に並んで歩かなきゃならねえんだよ。考えてもみろ。いま話題の転校生と俺が隣に並んで歩けば絶対に目立つ。俺はこの世で1番目立つのが嫌いなんだよ。だから、外に出たら話しかけるなよ。俺は他人のフリをするからな」
イズが首を動かして背後にいる影人にそう問いかける。影人は何を当たり前の事をといった様子で返答した。
「・・・・・・あなたの事は未だによく分からない。目立つのが嫌と言いながら、その前髪なのですから」
「これは言うほど目立ってねえだろ。それに、この前髪は今や俺のアイデンティティだ。もうこれがないと落ち着かないんだよ」
「そうですか」
そんな会話を交わしている内に、イズと影人はマンションの外に出た。夏の太陽が容赦なくイズと影人に降り注ぐ。イズは暑さを感じる事はないが、影人は早速じんわりとした汗が肌から滲み出るのを感じた。
「マジで暑い・・・・・・本当、夏は好きだけど嫌いだぜ」
「どっちですか」
「あ? 話しかけるなって言っただろ。独り言に口突っ込んでくるなよ」
「・・・・・・どう考えても独り言の声の大きさではなかったと思いますが」
「知るか。それはお前の感覚だろうがよ」
理不尽そうな様子のイズを影人はバッサリと切り捨てた。流石は前髪野郎。えげつないゴミカスぶりである。サッカーやろうぜ! ボールは前髪野郎な! 的なノリで蹴られて死なないかしら。
それからしばらくの間、イズと影人は学校に向かって歩いた。相変わらず、影人は他人のフリをするべくイズの少し後ろを歩きながら。




