第19話 男神ラルバ(4)
決意に満ちた二人を見たラルバは、目を見開いて、やがてその優しさに思わず笑みがこぼれた。
(ソレイユ、お前が選んだ子たちはとても優しいな・・・・・)
ラルバは心の中でそう呟くと、隣の光司を茶化した。
「だとよ、光司。お前もしっかりこの子たちを守ってやれよ?」
「わかってますよ! 二人は僕が守って見せます!」
ムッとしたような顔で光司はラルバに向かって宣言した。光司のその言葉に、陽華と明夜は「ありがとう、香乃宮くん!」「これかもよろしくね!」と感謝の気持ちを述べる。
「もちろん。僕からも改めてよろしくお願いするよ」
光司はいつもの爽やかな笑顔で言葉を返した。
「さてと、んじゃ俺はそろそろ行こうかね」
ラルバはそう言って席を立った。
「え? どこかに行かれるんですか?」
「ああ、ちょっと観光にね。実は君たちと会ったのも、今度は日本に行こうと思ってたのが、ちょっと理由として入っててね。ほら、俺はソレイユほど忙しくないし、たまにはこっちの世界を観光するんだよ」
陽華の問いに笑って答えたラルバは、そのまま陽華たちが入って来たドアに向かった。
「あ、お茶のお代は気にしなくていいからね。俺は、いっつもしえらにツケてもらってるし。じゃあね、お嬢さん方、また会おう」
ラルバはそう言うと、ドアを開けて庭から出ていった。後に残された陽華と明夜はちょっとポカンとしている。なにせけっこう突然だったからだ。
「まったく、あの神は・・・・・ああ、お代はラルバ様が言ってたように気にしなくて良いよ。ラルバ様はああ言ってたけど、前もって僕がお金は払っておいたから」
「え、そんな悪いよ、こんなにおいしい紅茶頂いたんだから、私たちも払うよ」
「そうよ香乃宮くん。私たちも払うから受け取って」
陽華と明夜が急いで自分たちの鞄から財布を取り出そうとするが、光司はそれを諫めた。
「本当にいいよ。僕も楽しかったしね、でもその様子だと納得はしてもらえなさそうだね・・・・・わかった、ならまた今度ここに来てあげてくれないかな。しえらさんもきっとその方が喜ぶだろうしさ」
二人の表情から、絶対に納得しないだろうと悟った光司は、少し苦笑いでそう提案した。光司の提案に二人はしぶしぶといった形で納得した。
「まあ、それなら・・・」
「うん。その方が確かにお店の人も嬉しいだろうし・・・・」
明夜と陽華はお互いに顔を見合わせた。そして光司に向き直ると、二人はお礼の言葉を口にした。
「じゃあ、今日はごちそうさま。本当においしかった! 絶対にまた来るね!」
「今日はありがとう香乃宮くん。また友達にも教えとくわね」
光司は「どういたしまして」と返すと、ふと表情を変えてこう続けた。
「二人とも誤解しないでほしいんだけど、ラルバ様はただ観光してるわけじゃないんだ。ソレイユ様が神界から出られないから、ラルバ様はソレイユ様に観光話やお土産をもっていくんだよ。ラルバ様自身も決して暇ではないって言うのにね」
ラルバという神は優しくてとても暖かな神様だ。光司は子どもの時から、それを知っている。だから同じく心優しいこの二人には、ラルバのことを誤解してほしくなかった。
光司のその話に二人は一瞬キョトンと目を合わせると、笑い合った。
「あはは! そんなの話してたらわかるよ! ラルバ様がとってもいい神様だってことは!」
「誤解なんて全然! でも香乃宮くんは本当にラルバ様のことが好きなのね!」
「な!? そ、それは違うよ月下さん! 僕はただ、守護者の神がいい加減な神様じゃないって、言いたかっただけで――!」
明夜の言葉につい本心とは違う言葉が出る。顔が熱い。きっと今自分の顔は赤いだろうなと、恥ずかしい気持ちとは客観的に光司は思った。
こうして本日の神様とのお茶会は幕を閉じた。
三日月が映える夜。光司たちと分かれ東京を観光していたラルバは、小さな公園で夜空を見上げていた。
(謎の存在スプリガンか・・・・・)
人間離れした身体能力に、特別な力。まるで男性版の光導姫のような不思議な存在。陽華の話を聞いた後から、正直ラルバの思考はこいつのことで頭がいっぱいだ。
(光導姫を助けたってことは、敵じゃないのか・・・・・いかんせん、俺もソレイユも知らない謎の怪人だ。今はまだ警戒しといたほうがいいな)
陽華には悪いが、本当にそのような存在がいるなら、まずは警戒しなくてはならない。それが例え、光導姫の命を救ったとしても。
(数日前にソレイユから新人の光導姫に、実力のある守護者をつけてやってほしい、って言われたときも妙だと思ったが、まさかソレイユが何か企んでるのか?)
考えて、いやないないとラルバは首を横に振った。ソレイユとはそれこそ何千年の付き合いだが、ソレイユはそんなことをする神ではない。
(というか、好きな女を一瞬でも疑うなんて俺はバカか!?)
ラルバは余計に首をブンブンと横に振った。実は、ラルバはソレイユにずっと片思いしているのである。
しばらく夜風に当たって頭を冷やそうと、そのまま公園のベンチでゆっくりしていると、三日月が雲に隠れてしまった。そのせいで公園は先ほどよりもさらに暗くなった。
「・・・・・俺の知らないところで何か動いてるのか?」
ポツンと呟いた言葉は無人の公園に溶けて消えてゆく。1柱の神はしばらく、そのまま雲に覆われた空を見上げていた。




