第188話 反撃するは我に有り(4)
「なるほど。あなたがなぜあんな所でボロボロになっていたかは分かったわ。まさか、スプリガンと戦ったなんてね。いいわ、羨ましい」
「羨ましいって・・・・・・何というか、さすがシェルディア様ですね。いや、私もスプリガンと戦う前はワクワクしてたから人のこと言えないか・・・・・・・・・」
まるで子供のようにそう言ったシェルディアにキベリアは苦笑した。キベリアもシェルディアと会って話すのもけっこう久しぶりだが、やはりシェルディアはシェルディアだ。
「というか、少し意外でした。レイゼロール様がシェルディア様は東京にいるって言ってましたけど、まさかマンションの1室を借りて生活してるとは、思ってませんでしたし」
シェルディアが言っていた滞在地に無理矢理連れてこられたキベリアは、軽く周囲を見回した。最初影から出てきた時、どこかの室内に転移したことに疑問を抱いたキベリアがシェルディアに質問したところ、「滞在先にしているマンションよ」とシェルディアは答えたのだ。
どことなく情緒のある家具を見つめていると、シェルディアが再び口を開いた。
「はぁ、私も今日の戦いを観に行けば良かったわ。最近はこの東京で戦いの気配を感じても、どうせいないだろうと思って現場に行かなかったから。ちょっとした反省点ね」
シェルディアは大きなため息を吐くと、「そう言えばお茶がなかったわね」と言って、テーブルに置かれていた鈴を鳴らした。
「? シェルディア様、この鈴は・・・・・・?」
「呼び鈴よ。あの子、今は隣の部屋にいるでしょうから。そのためのね」
すると、隣の部屋の襖が勢いよく開けられた。キベリアがそちらに目を向けて見ると、そこには不思議な生物、いやぬいぐるみがいた。
猫とも熊ともつかないような顔をした白いぬいぐるみだ。短い手足になぜか青と白色のシマシマパンツを履いている。
キベリアが呆気にとられたような顔をしていると、そのぬいぐるみはテクテクとこちらに歩いてきた。そしてジッとその黒い目をシェルディアに向けた。
「お茶を入れて頂戴。あ、キベリアの分も忘れずにね」
シェルディアが笑みを浮かべながら、ぬいぐるみにそう注文すると、ぬいぐるみはコクリと頷きテクテクと台所へと向かっていった。
「シェ、シェルディア様・・・・・・あれ何ですか?」
「ふふっ、可愛いでしょ? 貰ったぬいぐるみに私の生命を分け与えたの。私の生命は無限だから、命のないぬいぐるみに生命を分け与えるくらいなんて事ないわ。色々と雑用をしてくれて便利でもあるのよ」
(や、やっぱこの人無茶苦茶だ・・・・・・・・!)
笑ってそんなことを言うシェルディアに、キベリアは内心そんな事を思った。命のないものに命を与える。それは一種の究極だ。そんな究極の現象をシェルディアは何でもない事のように話す。
そうしている内に、ぬいぐるみがティーポットとカップにミルクなどを乗せたトレーを両手で持って来た。だがテーブルは高さがあり、ぬいぐるみには決して届かなかった。それはシェルディアも分かっているらしく、「ありがとう」と言ってぬいぐるみからトレーを受け取った。ぬいぐるみはトレーをシェルディアに渡すと、またテクテクと歩いて行き隣の部屋へと戻っていった。その際、襖をピシャリと閉めることも忘れずに。
「はい、キベリア。カップよ。お茶はもう少し待ってね。今は蒸してる状態だから」
「は、はい。・・・・・・・・・なんかシェルディア様、雰囲気変わりました? 前より優しくなったというか・・・・・」
「あら? 前は優しくはなかったかしら?」
「い、いえ! そういう意味じゃ・・・・・・!」
「ふふふっ、冗談よ。そうね、私自身はそんな実感はないけれど、少し変わったかもしれないわね」
慌てるキベリアを見て、シェルディアは楽しそうに笑った。そう言えば、最近は特によく笑っているかもしれない。その事と関係があるかどうかは分からないが、もしかしたらその事が自分の雰囲気が変わったと評価された要因かもしれない。
「うん。やっぱりキベリアと話すのも楽しいわね。あ、そうだ。あなたしばらくここに居なさいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
その突然のシェルディアの提案、いや半ば命令に、深緑髪の闇人はそう言葉を漏らした。




