第1878話 最終局面、忌神との決戦2(3)
「・・・・・・シトュウさん。聞こえるか」
戦いを見守っていた影人はボソリとした小さな声でそう呟いた。シトュウとの目には見えない繋がりを意識した影人の言葉は、真界のシトュウの内へと届いた。
『はい。聞こえています』
「・・・・・・シトュウさんの事だから状況は大体把握してると思う。だから、単刀直入に聞くぜ。境界が崩壊するまで後どれくらいの時間がある?」
シトュウの声が内に響くと影人はシトュウにそう質問した。今も室内ではあるが空間には亀裂が生じ続け、揺れも先ほどより大きくはないが続いている。正直、いつ境界が崩壊してもおかしくはない。
『そうですね・・・・・・多少前後はあるでしょうが、恐らく後20いや、15分といったところですね。時間はもう残されてはいません』
「そうか・・・・・・そいつは本当に猶予がないな」
こちら側の世界とあちら側の間の境界が完全に崩壊するまでの時間は、影人が思っていた以上に残り少なかった。だが、影人の言葉には焦りのようなものは感じられなかった。
『・・・・・・その割には落ち着いている様子ですね。2つの世界の命運を託している身からすれば、もう少し焦ってほしいところなのですが』
「焦る事で問題が解決するわけじゃないからな。でも、シトュウさんの気持ちも分かる。・・・・・・安心してくれ。その時間がなくなるまでには亀裂に預かった符を貼る。最後の符をな」
影人は外套のポケットからシトュウから託された符を取り出した。他の5つの亀裂は、他の者たちが符を貼ってくれたおかげで全て安定した。後はこの場所の亀裂に符を貼れば、シトュウと零無が亀裂に干渉する事ができ亀裂は安定する。そうすれば、境界の崩壊を抑える事ができ、2つの世界の融合を止められる。それが、影人たちにとっての勝利だ。
『・・・・・・世界と世界の命運が懸かっているとは思えないほどに悠長ですね。符を貼れる事の出来る状況ならば、すぐにでも符を貼ってください』
シトュウは少しだけキツい口調で影人にそう言った。シトュウの言葉は全く間違いのない正論だ。だが、影人は戦いを見つめ続けながらこう言葉を返した。
「ああ・・・・・・分かってる。分かりすぎてるほどに分かってる。だけど・・・・・・もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ。今貼っちまえば・・・・・・それは、あいつらに対する裏切りになるんだよ。俺が符を貼るのは、あいつらがイズを救った後。そこなんだ」
いま符を貼るという事は、影人が陽華と明夜を信じていないという行為に他ならない。陽華や明夜、他の者たちがそれは違うと言っても、他ならない影人がそう思うのだ。
『・・・・・・あなたの言っている事がよく分かりません。あなたの考えと世界、天秤にかけるまでもないと思いますが』
「そうだな。だけど、俺もこれだけは譲れない。ずっとあいつらを見続けてきたスプリガンとして、これだけは譲っちゃいけないんだ」
それが影人のスプリガンとしての考えだった。きっと、これは影人にしか分からない感覚だ。
「だが、そうは言ってもやっぱり大事なのは世界の方だ。だから、本当にギリギリなったら符を貼るって言ったんだよ」
『・・・・・・信じてもいいのですね?』
影人の意見を聞いたシトュウはただ一言、影人にそう問うた。
「ああ。俺にも2つの世界を守る理由があるからな。信じてくれ。絶対に境界が崩壊するまでには符を貼る」
『・・・・・・分かりました。では、そうしてください。しかし・・・・・・あなたは本当に自分の考えを貫き通しますね。よく言えば一途ですが、悪く言えば頑固で傲慢です』
「ははっ、そうだな。でも、それが俺だ。帰城影人って人間だ。悪いが、この気質だけは多分一生変わらないな」
影人は軽く笑った。境界が崩壊するまで残りの時間は後15分ほどしかないというのに、強がりでも何でもなく自然と笑えるその精神。その精神が帰城影人という少年の精神の強さ、あるいは異常性を示していた。
「そして、多分あいつらの気質もな」
影人の視線の先にいたのは当然と言うべきか、陽華と明夜の姿だ。あの2人のお人好しなところや希望を捨てない心といったところなども、恐らくは生涯不変だろう。影人はほとんど確信に近いものを抱いていた。
「・・・・・・頑張れよ。朝宮、月下。お前らなら・・・・・・きっと大丈夫だ」
そして、影人は小さくそう呟き、陽華と明夜を見守り続けた。




