第1874話 最終局面、忌神との決戦1(3)
(まただ。また流れ込んでくる。空虚なはずの私の中に。何の混じり気もない純粋な善意が。私を倒したくない。救いたいという想いが。暖かな気持ちが)
不思議だ。ただ不思議だ。何もかもが。イズの中から苛立ちや戸惑いといったものが薄くなっていく。代わりに感じるのは、流れ込んで来る暖かな想いに対する少しの心地よさ。
「・・・・・・あなた達は異常者ですね。私に人間というものは分かりませんが、それだけは分かる」
「そうかもしれない! でも、それが私たちだから! そして!」
イズはどこか落ち着いた様子でそう言った。陽華は光炎を宿し光を纏う左の拳を放ちながらそう叫ぶ。明夜も杖の先から輝く水と氷の刃を生じさせ、杖を近距離でも機能する形態に変えると、自身もイズとの距離を詰めた。
「確かに私たちは甘ちゃんよ! イズちゃんが言うように異常者かもね! だけど!」
陽華の隣までやって来た明夜が杖で突きを放つ。同時に、陽華も拳を放った。
「「私たちは自分の気持ちに嘘はつけない!」」
陽華と明夜の言葉と攻撃が重なる。イズはバックステップで2人から距離を取り障壁を展開した。陽華の拳と明夜の杖の刃が障壁に阻まれ、激しくせめぎ合った。
「・・・・・・そうですか。なら、私も確かめましょう。私自身を。あなた達との戦いを通して」
障壁を解除したイズが大鎌を構える。苛立ちや戸惑いを超えて、イズの中に生まれた思いは、自分という存在がいったい何なのか、何を望んでいるのかといった疑問だった。
「っ・・・・・・うん! そうだね!」
「じゃあ、ここからは気持ちよく対話をしましょう!」
先ほどのイズからでは考えられなかった言葉を聞いた陽華と明夜は、思わず笑みを浮かべた。2人はイズがそう言ってくれた事が嬉しかった。
「命懸けの戦いを対話ですか・・・・・・本当に変わっていますね、あなた達は」
イズは呆れたような顔を浮かべた。そして、イズは機械の翼から青い煌めきを、背部の魔法陣から複数の機械の剣と端末装置を呼び出す。
「改めて・・・・・・行きますよ」
「うん。来い!」
「私たちも改めて行くわよ!」
イズの言葉に陽華と明夜が応える。次の瞬間、イズ、陽華と明夜は互いに近づくために一歩を刻んだ。
「・・・・・・そうだ。それでいい。お前らは前だけ見て真っ直ぐ進め」
陽華と明夜を後方から見つめていた影人はそう呟いた。言葉には恥ずかしくて出せないが、影人は信じていた。あの2人ならばイズを救えると。ハッピーエンドを勝ち取れると。
「影人。大丈夫? もう力もあまり残っていないんでしょ」
影人が2人の背を見つめていると、シェルディアがそう声を掛けてきた。
「ああ、大丈夫だ。確かにスプリガンとしての力はかなり少なくなってるが、俺には『終焉』もあるしな。・・・・・・だが、いざとなった時にまた『世界端現』を全員に使えるかってなると怪しいな」
「そう。なら、さっきまでのように白麗の目を自由にさせておく必要があるわね。分かったわ。なら、私が白麗の代わりにフェルフィズの相手をしましょう。神器があるから少し時間は掛かるかもしれないけど、問題はないわ」
「・・・・・・悪い。頼むよ」
「ええ、任せてちょうだい」
影人の言葉にシェルディアは頷いた。そして、シェルディアは最後に影人にこう言った。
「無駄だとは思うけど、一応言っておくわ。無茶はしないでね。絶対にないとは思うけど、もしも、もしもまたあなたがいなくなったら・・・・・・私、何をするか分からないから」
そして、シェルディアは軽く地を蹴るとフェルフィズの方へと向かった。
「・・・・・・警告だな。2回も死んでるから流石に信用がねえな」
影人はどこか自虐的に笑った。シェルディアは見抜いているのだ。必要に駆られれば、影人は自分の身を犠牲にできる、いやする人間だと。だから今の言葉は警告だ。例え、そのような状況になったとしても自身を犠牲にするなという警告。
「元々死ぬ気はなかったが・・・・・・もしまた死んだら、いよいよ嬢ちゃんに殺されるな。はぁー・・・・・・ったく、死っていうのは安寧じゃないのかよ」
影人は大きくため息を吐いた。そして、意識を切り替えるようにフッと笑った。
「仕方ねえ。改めて、死なない範囲で死ぬ気で気張るか。お前も頼むぜイヴ」
『お前さっきから言葉が矛盾しまくってるぞ。クソッタレが。付き合うしかねえんだろ。本当、てめえは仕方ねえ野郎だぜ』
悪態をつきながらもイヴは影人の言葉を了承した。イヴの言葉は相変わらず口が悪かったが、どこか呆れて笑うような感じであった。
「ありがとよ。・・・・・・じゃあ俺も俺の役割を果たすか。影から変身ヒロインを助ける者としての役割を」
影人はより一層集中して、金と黒の瞳を陽華と明夜に向けた。いつでも助けられるように。それが影人の、スプリガンの変わらぬ仕事だった。




