第185話 反撃するは我に有り(1)
「シェル、ディア様・・・・・・・・?」
「ええ、私よ。で、どうしたのキベリア? こんなところで、そんなにボロボロで?」
緩く結んだツインテールを揺らしながら、不思議そうな顔でそう問うてくるシェルディア。その顔には疑問と驚きの色が浮かんでいた。
「シェル、ディア様こそ・・・・・・・なぜ?」
「私は近くを散歩してただけよ。――というか、あなた話すのも辛そうね。あなたには確か傷を回復する事の出来る魔法もあったはずだけど・・・・・・・・それをやらないって事は、出来ないということね?」
シェルディアはキベリアとはもう結構な付き合いだ。だから、シェルディアはキベリアの魔法の事を知っているし、その魔法がどのような事が出来るのかも知っていた。
「誰とケンカしたのかは知らないけど、仕方ないわね。私の生命力を分けてあげるわ」
シェルディアがまるで母親なような表情で、軽くため息を吐いた。そして自分の細く小さな手で、キベリアの頬に触れた。
「・・・・・・・・!」
すると不思議な事に、キベリアの体の痛みが徐々に引いていった。全身の打撲の後も綺麗さっぱりに消えていき、気がつけばキベリアの体は魔力を除き、全ての不調が回復していた。
「これは・・・・・・!」
驚きのあまりか、キベリアは立ち上がり自分の体に触れた。痛みなどまるでなかったかのようだ。
(シェルディア様はいったい何をしたの・・・・・?)
笑みを浮かべているシェルディアを見て、キベリアは1つ疑問を抱いた。シェルディアとは付き合いのあるキベリアだが、このような力があるとはキベリアも知らなかったのだ。
「うん、もう大丈夫そうね。それじゃあ教えて頂戴なキベリア。何があったの?」
「それは・・・・・・・・・話したいのは山々なのですが、まず私はここを離れないといけないのです。今の私は魔力が尽きたとは言え、闇人の力を解放した状態。その力の気配は常に光の女神『ソレイユ』に察知されますから」
丁寧な言葉でシェルディアに事情を話す。普通、『十闇』のメンバー同士がこのような口調で話す事などない。キベリアもフェリートやその他のメンバーにはぞんざいと言っていいような口調だ。
だが、『十闇』の中に1人だけ例外がいる。それが今キベリアの目の前にいる第4の闇『真祖』のシェルディア。通常、闇人だけで構成されている『十闇』の中でただ1人の純粋な人外。化け物。
ではなぜシェルディアはフェリートよりもその位階が低いのか。もちろん、シェルディアは強い。それも尋常ではないほどに。あのレイゼロールをして「化け物」と評せらるほどに。
その答えは、シェルディアがそのような位階に興味がないから。というのが答えらしい。らしいというのはキベリアが『十闇』に参入した時には既にそのような噂があったからだ。
もちろんその答えも嘘ではないだろう。それはシェルディアを観察すれば、容易に想像できることだ。
だが、理由がそれだけではない事をキベリアは知っている。シェルディアの位階の低さに疑問を抱いたキベリアは1度直接シェルディアに質問した事がある。「どうして、シェルディア様の位階はフェリート達より下なのですか」と。
その問いにシェルディアはこう答えた。「4という数字が最も私に相応しく、また近しいからよ」要するに、シェルディアは4という数字が気に入っているからその位階に甘んじているという事だ。
なぜ4という数字がシェルディアに相応しく、近いのかまでは教えてくれなかったが、そのような理由も含め、シェルディアは『十闇』第4の闇という事になっている。
「ああ、そう。なら私の現在の滞在地に行きましょう。私自身は気配遮断は出来るけど、あなたは出来ないものね。大丈夫よ、滞在地には結界を張ってあるし。そこならソレイユも気配は察知出来ないわ」
そう言うと、シェルディアはキベリアに手を差し出して来た。どうやら握れということらしい。不思議に思いながらも、キベリアはシェルディアの右手を軽く掴んだ。
「? シェルディア様、これには何の意味が――」
「じゃあ、いくわよ」
「え?」
訳が分からないといった感じのキベリアに、説明を一切しないままシェルディアは己の影に沈んでいった。
「ちょっ・・・・・・! ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
当然、シェルディアの手を握っていたキベリアも徐々にシェルディアの影に沈んでいく。
そして軽い悲鳴を上げながら、キベリアは影へと完全に沈んでいった。2人は完全にその場から姿を消した。




