第1839話 亀裂を巡る戦い、決着1(2)
「言ったはずだよ。攻略を考える時間は与えないとね。冥天、第5の福音、聖鐘の音」
レゼルニウスが新たな冥界の力を行使する。レゼルニウスの体の前に、小さな透明の鐘が出現した。鐘は地面に落ちる事なく浮遊し、レゼルニウスはその小さな鐘を手で弾いた。すると、美しい鐘の音が鳴った。
「っ!?」
その鐘の音を聞いた直後、レイゼロールの視界がぐにゃりと歪んだ。平衡感覚が狂う。上か下か、右か左かも分からない。レイゼロールは思わず地面に片足をついた。
「聖なる鐘の音は、光の加護ある者に対しては恩寵をもたらし、闇の加護ある者に対しては災いをもたらす。平衡感覚がおかしくなっているだろう。とても立ってはいられないほどに。それが災いだよ」
レゼルニウスがそう説明した。そして、レゼルニウスは感情を切り離した冷ややかな声でこう言葉を続けた。
「いいのかい。そのままそこにいれば、地の国の炎に焼かれるよ」
「っ・・・・・・? ぐっ!?」
混乱しているレイゼロールには、最初レゼルニウスの言葉の意味は分からなかった。だが次の瞬間、レイゼロールは灼熱の気配を感じた。それは、先ほどレゼルニウスが放った紫闇の炎が、レイゼロールに到達した証だった。レイゼロールは一瞬にして火に包まれ、火だるまになった。
「・・・・・・這う炎は対象を焼くまでどこまでも追跡する炎だ。焼かれれば最後、対象が灰になるまで燃え続ける」
レゼルニウスは火だるまになっている妹を見つめた。見ていられない。心が張り裂けそうだ。そして、妹を焼いているのが兄である自分だという事実に死にたくなる。だが、耐えなければならない。見ぬふりをしてはいけない。この光景を招いたのは自分なのだから。
「〜っ!?」
全身を焼かれたレイゼロールは、痛みと熱で気が狂いそうになりながらも、炎から逃れるべく幻影化の力を使用した。陽炎のように揺らめいたレイゼロールは風に流されるように移動すると、離れた場所で実体化した。そして、回復の力を使用し全身を癒した。
「はあ、はあ・・・・・・」
「焼かれるのは苦しいよね。だけど、まだまだ戦いは終わらないよ」
レゼルニウスが再び鐘を弾く。鐘が鳴り聖なる音が響く。レイゼロールの平衡感覚が再び狂う。
「ぐっ・・・・・・!?」
「第6の冥獄、荒ぶ風」
レゼルニウスが地の国、第6階層の現象を呼び出す。レゼルニウスの背後からヒュウと一陣の風が吹く。その風はレイゼロールの肌を撫で――
「がっ・・・・・・」
次の瞬間、レイゼロールの全身を切り裂いた。レイゼロールの全身に刻まれた切り傷はかなり深いもので、大量の赤い血が白い地面を濡らした。
「荒ぶ風は対象の全身をズタズタに切り裂く。動く事はお勧めしないよ。動けばどこかが千切れるだろうしね」
レゼルニウスがそう説明すると、ピキッと空間に大きな亀裂が奔った。先ほどから、亀裂は徐々にその数を増やしていたが、ここにきてその数は一気にといってもいいほどに増えている。
「・・・・・・境界が完全に崩壊するまでの時間はもうあまり残されていないようだね。レール、早く僕を倒さなければ世界は変わってしまうよ。彼の、フェルフィズの思惑通りに」
「言われ、なくとも・・・・・・分かっている・・・・・・!」
レイゼロールは再び回復の力を使用し、全身の切り傷を癒した。いったい、これで幾度目の回復の力の使用だろうか。回復の力は便利な力だが、力の消費量が激しい。レイゼロールといえども、何度も何度も使えるものではない。残りの力の残量からいって、使えたとしても後3〜5回くらいが限界だ。
(時間もない。力の残量も少ない。そして、兄さんを倒す方法も未だ思いつかない・・・・・・はっきり言って窮地だな)
これほどまでに追い詰められたのはいつ以来だろうか。レイゼロールは自分が幼体であった頃、神界の神々と戦った頃の、まだ自分が未熟だった頃の事を思い出した。




