第1800話 幕開、忌神との決戦(4)
「癪だけど、非常に癪だけど、レイゼロールの奴に頼まれたのよ。あんたが無茶をしないか見張っておけってね。敵はあんた1人じゃどうにもならない相手なんでしょ。だけど、あんたは早速この建物を壊して1人で、最短で最終決戦を始めようとしてた。これをバカと言わずして何と言うのよ」
「・・・・・・別にどうにもならないわけじゃねえよ。ただ、倒せないってだけだ」
「それがどうにもならないって事でしょ。敵を倒す方法もないくせに戦いを挑むなんてバカのやる事よ。せめて、倒せる方法を思いつく、倒せる方法を持った仲間が来るまで待ちなさい。まあ、あんたはバカだから分からなかったんでしょうけど」
「・・・・・・さっきからバカバカうるせえな。分かったよ。ある程度他の奴らが来るまでゆっくりしてりゃいいんだろ。ったく、俺は別にイズの奴を倒すために戦うわけじゃねえんだがな・・・・・・」
影人がため息を吐きながら軽く頭を掻く。倒すために戦うわけではないという影人の言葉を聞いたダークレイは、不快げに顔を歪ませた。
「フェルフィズの大鎌の意思を救うってやつ? はっ、甘いわね。甘すぎて吐き気がするわ」
「お前の言葉は分かるぜ。だが・・・・・・俺はもう決めたんだよ。決めたならやり遂げるだけだ」
「・・・・・・ふん。せいぜい、その甘さに足元を掬われない事ね」
「何だ。心配してくれるのか?」
「冗談にしてはタチが悪いわよ。次言ったらあんたの顔面を砕くわ」
「マジ顔で言うなよ・・・・・・」
影人が少し恐怖したように言葉を返す。すると、影人の中にソレイユの声が響いた。
『影人!』
「どうしたソレイユ。何かあったか?」
影人は肉声に出してそう聞き返した。いきなりそんな事を言い始めた影人に、ダークレイは「ソレイユ?」と訝しげな顔を浮かべた。
『はい。今、ラルバと共に光導姫や守護者を各亀裂に送ったのですが、ほんのつい先ほど各亀裂、そして、世界各地で動きがありました』
「・・・・・・やっぱり何か仕込んでやがったか」
即座にフェルフィズの事を思い浮かべながら、影人は顔を真剣なものに変えた。
『はい。まず、あなたのいる日本の亀裂と、レールのいるロシアの亀裂を除いた、イギリス、アメリカ、南アフリカ、アルゼンチンの亀裂についてですが、亀裂を守るように、それぞれ1体の人形が現れました。その姿は、あなたが言っていたイズの姿に酷似しています』
「なっ・・・・・・マジかよ。あの野郎、まさかイズの量産機でも作りやがったのか・・・・・・」
『それは分かりません。ですが、現在光導姫と守護者、そして闇人たちが協力して戦いを開始しました』
「そうか・・・・・・まあ、あいつらが協力するんだ。そう簡単に負けはしねえだろうが・・・・・・で、世界各地の動きは?」
『はい。世界各地で大量の機械人形が突如として出現し暴れ始めました。こちらの人形は亀裂の周囲に現れたタイプとは違い、簡素なタイプです』
「いつかのレイゼロールが使った方法だな。戦力を分散させるのと混乱させるのが目的か」
『恐らくは。なので、前回と同じように、それを収めるのは他の光導姫と守護者にお願いしました』
「分かった。また何かあったら情報を頼む」
『もちろんです。影人、あなたも無茶だけはしないでくださいね』
「ああ」
『では』
ソレイユとの念話が終了する。すると、ダークレイが影人にこう声を掛けてきた。
「あんた、ソレイユと話してたの?」
「ああ。どうやら、状況は一筋縄じゃいかないようだぜ」
影人は今ソレイユから聞いた話をダークレイに話した。
「・・・・・・用意周到ね。ここに戦力が集まるのは先のことになりそうね」
「そうだな。仕方ねえ。しばらくの間、様子を見て――」
影人が帽子を押さえる。すると、建造物の門が突如として開いた。そして、
「・・・・・・」
中から大量の機械人形が現れた。それは向こう側の世界でイズが呼び出したものと全く同じだった。機械人形は影人たちの姿を確認すると、どこからか武器を取り出し影人たちの方に襲い掛かってきた。
「ちっ、流石に気づかれてたか。おい、いつかの時みたいに守ってやろうか?」
「私、言ったわよね。次にタチの悪いこと言ったらあんたの顔面砕くって。あいつらの前にあんたを砕いてやるわ」
「冗談だから許せよ。それじゃあまあ、準備運動がてらの共闘といくか。なあ、闇導姫さんよ」
「ふん、足を引っ張ったら殺すわよ」
ダークレイは影人を軽く睨むと、自身の闇の力でかつての光導姫としての姿を再現し、闇導姫へと変身した。
「行くわよ、怪人」
「名前の意味的には妖精なんだがな。まあ、そっちも気に入ってるからいいか」
ダークレイが拳を握り、スプリガンが小さく笑う。そして、2つの闇は襲い来る機械人形の群れを迎撃した。
「・・・・・・来たね」
ロシアのとある氷原。場所が西側のためか、こちらはまだ日本とは違い日が出ていた。氷原にある大きな亀裂の前に佇んでいた黒いフードを被った人物は、ポツリとそう呟いた。
「・・・・・・」
氷原に現れたのは美しい白髪にアイスブルーの瞳が特徴的で、西洋風の喪服を纏った闇の女神、レイゼロールだった。レイゼロールは黒いフードで顔を隠した人物をジッと見つめた。
「・・・・・・わざわざ分かりやすいように呼び出してくれた事に感謝する」
「いや、感謝を言うのはこちらの方だよ。わざわざ1人で来てくれてありがとう」
レイゼロールの言葉に黒フードの人物は優しげな声でそう言った。怪しい見た目だが、その人物――声からするに男――は柔らかい印象だった。
「・・・・・・色々と、本当に色々と言いたい事はあるが、まずはしっかり顔を見せてほしい」
「ああ、そうだね。ごめん。気が回らなかったよ。どうやら、僕は随分と浮き足立っていたみたいだ。今取るね」
男は軽い調子でフードを取った。現れるのはレイゼロールと同じ美しい白髪。そして、同じくアイスブルーの瞳。整った中性的な顔を喜色に染めたその男は優しい口調でレイゼロールの名を呼んだ。
「久しぶりだね。僕の愛しい妹、レイゼロール」
「・・・・・・そうだな。本当に・・・・・・本当に久しぶりだ。・・・・・・兄さん。いや、我が兄レゼルニウス」
そして、レイゼロールもその男――自身の兄であるレゼルニウスの名を呼んだ。




