第180話 悪意再臨(4)
(私を見下した目・・・・・・・・ふざけるな。そんな目を私に向けるなッ!)
「――1の炎ッ!」
気力を振り絞り、キベリアは魔法を扱うための言葉を叫んだ。炎がキベリアの周囲に爆ぜる。完全に油断しきっていたスプリガンは「うおっ!」と驚いたように、キベリアから距離を取った。
「はぁはぁ・・・・・・ゲホッゴホッ・・・・・・ぺっ。・・・・・・・よくも、やってくれたわね・・・・・・!」
よろよろと立ち上がり、せり上がってきた闇人特有の黒い血を吐き出しながら、赤髪の魔女は怨嗟に満ちた瞳をスプリガンへと向けた。
「何だまだ動けたのかよ。あんた意外にガッツがあるな」
「余計な・・・・・お世話よ・・・・・! 1の炎、2の水、3の雷! 合一し奴を討てッ!」
キベリアの正面に緻密な魔方陣が展開される。キベリアはほとんど全ての魔力を使用し、大魔法を放った。炎、水、雷の3つの属性が合わさって極大出力のエネルギーの奔流と化し、破滅の光はスプリガンへと向かっていった。
「おお、やるな。ま、意味ないけど」
スプリガンは右手を破滅の光へと伸ばした。いくら闇の力を自在に扱える悪意といえど、この光に飲まれれば肉体ごと消し飛ぶだろう。
そう、何もしなければ。
「――『破壊』の闇」
スプリガンの体を乗っ取った悪意がポツリとそう呟く。別段、呟く必要事態はないのだが、そこはまあ気分というやつだ。
スプリガンの右手のオーラは一層濃くなり、右手は全てを灰燼へと帰す破滅の光に触れた。
(今度こそ・・・・・!)
勝った、とキベリアは確信した。だが残念ながら首はレイゼロールに献上できないだろう。なぜなら肉体は塵も残らないからだ。
だが、またしてもあり得ない光景がキベリアの視界に広がった。
なんと、スプリガンを滅ぼす筈であった必滅の光が砕けて消え去ったのだ。
「ははっ、やっぱこれが1番楽だな。純粋なる『破壊』の力。さすが闇の性質の中でもヤバイ性質の1つだぜ。で、もう終いか?」
なんでもない事のようにそう言ったスプリガンを見て、キベリアはようやく悟った。
今の自分ではこの化け物には勝てないと。
(悔しいけど、退くしかない・・・・・・!)
まだ全身に鋭い痛みを感じるが、今はそれを無視するしかない。キベリアは退却するためにある言葉を呟いた。
「10の空間よ、現世の鍵へと我を結べ!」
するとキベリアの周囲の空間に歪みが生じ、キベリアはその歪みと共にこの空間から姿を消した。
「・・・・・・・・あ?」
存在しないはずの空間に1人残されたスプリガンは、その表情を歪めた。
その現象は、キベリアとスプリガンがどこかへと消えた時と同じように、突発的に起こった。
「くっ・・・・・!」
どこからともなくキベリアが箒の真横に出現したのだ。
「「「っ!?」」」
2人が消えて以降その場に待機していた風音、暁理、光司の3人は消えていたキベリアが虚空から現れたことに驚いた。
(危なかった・・・・・・・! 箒をこっちに残しておいて本当によかったわ。でも急いで退却しないと、スプリガンがこっちに戻ってくるまで、あと5分ほどしかない・・・・・・・!)
倒れていた箒を掴み思わず安堵するキベリア。本来なら虚数空間は存在しない筈の空間なので、いくら術者本人であるキベリアといえども、魔法を解除しない限りこちらの世界には帰ってこれない。だが、それだといざという時に逃げられなくなってしまう。そこで、キベリアが保険として考案したのがこの箒を現実世界への道しるべとする方法だった。
箒をキベリアの接点としてこちらの世界に残しておく事で、虚数空間からこちらの世界へと帰還する。これはキベリアの奥の手だった。
そしてキベリアがこちらに戻ったという事は、スプリガンが虚数空間に1人取り残されたという事になる。では、スプリガンは2度とこちらの世界には戻って来れないのか。
その答えは否だ。虚数空間を構築していた本人であるキベリアが虚数空間に存在する事で、あの存在しないはずの空間は保たれているのだ。キベリアが虚数空間に存在しなければ、あの空間は5分で崩壊する。そしてそうなれば5分後にスプリガンはこちらの世界に戻って来る。
そのような理由からキベリアは退却を急いでいた。
「キベリア! やはり現れましたか!」
「賭けは僕たちの勝ちだね、『巫女』。あれ? でも一緒に消えたスプリガンの姿が見えないけど・・・・・・・・」
「それも気にはなるが今はキベリアだ。光導姫アカツキ。・・・・・・・・奴の事はその後でいい」
風音が式札を再展開し、アカツキと光司も剣を構えた。どういった理由があるのか3人には分からないが、闇人が再び自分たちの前に姿を現した。ならばやる事は1つ。戦うだけだ。
「・・・・・・・・・・残念だけど、もうあなた達には構っていられないのよ。ッ・・・・・・とりあえず逃げないと」
痛みに顔を顰めながら、キベリアは箒に魔力を込める。キベリアが箒に跨ると、箒はキベリアを乗せて浮遊した。
「じゃあね。また会うこともあるかも」
「待てキベリア! 逃しは――」
今にもどこかへと飛んでいきそうなキベリアに、光司が静止の声を放ったその瞬間、世界に音が響いた。
そう。まるで、何かが砕かれたような音だ。
パリィン! という音ともに、もう1人の姿を消していた人物が虚空から姿を現す。
「――おいおい、連れねえな。何も置いていくことはねえだろ」
「・・・・・・・・・・嘘でしょ。まだ私が戻って1分も経っていないのに・・・・・・なぜ、いったいどうやって――」
呆然とした表情で首を横に振るキベリア。そんなキベリアに、スプリガンの体を乗っ取った悪意はこう告げた。
「たかだか闇人が創った異空間だろ? その程度のもんなら俺は壊せるんでな」
意地の悪い笑みを浮かべる悪意。だが、意識がキベリアに向いているためか、悪意は自らの内側の動きに気がつかなかった。
――意識の深淵より、強い意志を宿した鎖が悪意の意識へと伸び始めたその事を。




