第1792話 決戦の狼煙(1)
「始めましょうか。イズ、お願いします」
6月下旬のとある日の夜。日本。とある町外れ。フェルフィズは自分の隣にいたイズにそう促した。
「はい」
イズは異空間から夜の闇に溶けるような大鎌を――自身の本体である「フェルフィズの大鎌」を取り出した。
「空間認識能力拡大。マーカー補足完了」
イズがアオンゼウの器に搭載されていた機能を使い、世界各地に痕跡を残しておいた場所を一斉に認識した。跡を残した場所は全部で4つだ。
「私の本体への生命力の供給を開始します」
イズは目には見えない繋がりから、フェルフィズの生命力を引き出し大鎌に喰わせた。大鎌はフェルフィズの無限の生命力を存分に喰らう。その生命力の総量は、常人にしておよそ100万人分。尋常ではない量だ。それはつまり、それだけの生命力を喰らわなければ、今から殺すものを殺せないという意味でもあった。
「ぐっ・・・・・・いくら不死で無限の生命力があるといっても、一瞬でこれだけの生命力を持って行かれるのは流石に堪えますね」
「・・・・・・」
フェルフィズは少し苦しげな顔を浮かべた。凄まじい脱力感と、キュッと心臓が引き絞られるような不快な感覚がフェルフィズを襲う。イズはそんなフェルフィズを一瞬だけ見つめた。
「生命力のチャージを完了。対象、世界間を安定させているという『事実』。その事実を殺します」
イズは怪しく輝いた大鎌の刃で、自分の目の前にある、空間に奔る大きな亀裂を切り裂いた。同時に、その斬撃は世界各地の5つの痕跡のある場所をも切り裂いた。
すると次の瞬間、ゴゴゴゴと空間が揺れ始めた。
「・・・・・・作業完了しました」
「ご苦労さまです。さて、では私たちはこの場所を設えましょうかね。皆さまを迎えるのに相応しいように」
イズの言葉にフェルフィズは満足げに頷いた。そして、くるりと振り返りそこにいたもう1人の人物に目を向けた。
「・・・・・・」
そこにいたのは、黒のフードで顔を覆った不審な人物だった。黒いローブに身を包んでいるため、性別や体型は分からなかった。ただ、フードの隙間から白い髪が覗いていたため、髪の色だけは分かった。
「それでは、あなたもお仕事をお願いいたします。頼りにしていますよ」
「・・・・・・」
フェルフィズにそう言われた謎の人物はフイとフェルフィズに背を向けた。そして、紫と黒が混じったような闇を纏い、フッと夜の闇に消えかの如くその姿を消した。
「おやおや、随分と無愛想ですね。ですがまあ、仕事はしてくれるでしょう。契約を破れはしないのですから」
フェルフィズが軽く首を振る。イズはその人物が消えた虚空を見つめ、こう呟いた。
「・・・・・・手を抜きはしないでしょうか」
「それは出来ませんよ。手を抜くという行為は契約に抵触しますからね。彼もその事は理解しているでしょう」
イズの呟きにフェルフィズは問題ないといった様子でそう言うと、こう言葉を続けた。
「さあ時間もない。早速取り掛かりましょうか。私の・・・・・・忌神の神殿作りに」
そして、最悪の神はニィと狂気的な笑みを浮かべた。




