第1782話 光司と影人(1)
「――帰城くん、少しいいかな?」
明夜と2人で話をした日から2日後。影人が昇降口で靴を履き替えていると、後ろからそんな声が掛けられた。声から自分を呼んだのが誰か分かった影人は、面倒くさそうな顔で振り返った。
「・・・・・・何の用だ。香乃宮」
影人が振り返ると、そこには爽やかな笑顔を浮かべたイケメン、もとい光司がいた。影人に名前を呼ばれた光司はこう言葉を述べた。
「いや、大した用事ではないんだ。ただ、朝宮さんや月下さんから君と絆を深めたという話を聞いてね。何だかいいなと思ったんだ」
「誤解するな。絆は深めてない。ただ話をしたりさせられただけだ。あと、何だよそれ。よく分からねえ感想を俺にぶつけてくるな」
「ごめん。確かにそうだね」
後半の影人の言葉に光司が苦笑する。苦笑すら爽やかなのだから恐ろしい。やはりイケメンは敵だと影人は思った。まあ、別に影人は自分の容姿にコンプレックスはないのだが。ノリ的にである。
「用がないなら俺は帰るぞ。フェルフィズの奴がいつ動き出すか分からねえが、それまではゆっくりしときたいからな」
「そうだね。英気を養うのは大切だ。それで、用事というよりかはお願いなんだけど・・・・・・その、僕とも話をしてくれないかな? よく考えれば、僕も君と2人でじっくりと話すという経験はないように思うから」
「・・・・・・そうだったか? お前とは何だかんだ話してると思ってたがな」
影人がそう言葉を返す。光司は影人がスプリガンだと知る前から、そして影人がスプリガンだと知ってからは余計に影人に話しかけてきた。そのため、影人は光司と話していないという感覚があまりなかった。
「・・・・・・まあいいぜ。特にやる事はないからな」
「え、いいのかい?」
影人から是の言葉を聞いた光司が意外そうに目を見開く。正直、光司は影人から承諾の言葉をもらえるとは思っていなかった。影人は光司の事をあまり好ましくは思っていないからだ。
「なんだよ。お前から聞いて来たくせに。で、どこで話すつもりなんだ?」
「そ、そうだね。しえらでどうかな?」
「しえらか。まあ安牌だな。だが、話すだけってのも味気ねえな。・・・・・・よし、香乃宮。遊びに行くぜ。話はそのついでに出来るだろ」
「え・・・・・・?」
光司がその顔色を驚愕の色に染める。光司は確認するように影人が言った言葉を呟いた。
「あ、遊ぶ? 僕と帰城くんが・・・・・・?」
「そう言ってんだろ。何だ。俺と遊ぶのは嫌か?」
「いや、そんな・・・・・・ただ、ただ中々これが現実だと信じられなくて。僕と帰城くんが遊ぶ・・・・・・そうか、僕と帰城くんが・・・・・・!」
最初こそ信じられないと首を横に振っていた光司の顔に、徐々に喜びと嬉しさが混じる。やがて、光司は満面の輝かんばかりの笑みを浮かべると、興奮したように影人にこう言ってきた。
「うん、遊ぼう! どうしようか、何をして遊ぼうか! お金はどれだけいるかな? 100万かな、200万かな? 少し待ってくれるかい。今執事に電話して用意を――」
「待て待て待て。何をバカな事言ってるんだお前は! 本気で電話を掛けようとするな!」
ウキウキ気分で電話を掛けようとしていた光司を影人が止めた。
「え?」
「え、じゃねえよ。ったく・・・・・・」
キョトンとした顔の光司に影人がため息を吐く。光司は大金持ちだが普段は常識人だ。だが、なぜか影人が絡んだ時だけ少しおかしくなる。今回もそれが原因だろう。影人はどこか諭すように光司にこう言葉を放った。
「あのなあ、高校生が遊ぶのにそんな金がいるかよ。なんなら金なくても遊べるぜ」
「そ、そうなのかい? ごめん。僕、同級生と遊ぶという経験がほとんどなくて・・・・・・」
光司が申し訳なさそうな顔を浮かべる。その言葉に影人は軽く頭を抱えた。
「微妙に箱入りだなお前は・・・・・・分かったよ。なら、今日は俺が男子高校生の遊び方を教えてやる。今日は遊び尽くすぞ」
あまりにも完璧イケメン過ぎる人気者がために、女子にも男子にも逆に遊びに誘われてこなかったのだろう。影人はそう予想した。そして、続けてそんな宣言をした。
「うん、是非にご教授願うよ! ああ、楽しみだな嬉しいな! 今日は人生最良の日だよ!」
「いちいち大げさなんだよお前は。ほら行くぞ」
影人が歩き始める。光司は少し早足で影人を追いかけると、影人の隣に並んだ。こうして、前髪野郎と完璧爽やかイケメン(どう見てもこっちが主人公)は放課後の街に繰り出した。




